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Afrika Bambaataa And Family"Bambaataa's Theme/Tension"(Tommy Boy TB 879)1986

bambaataastheme.jpg

"Bambaataa's Theme"は'86年にリリースされた、アフリカ・バンバータの
トミー・ボーイでは通算8枚目になるシングル。前作"Funk You!"から
名義は「アフリカ・バンバータ&ファミリー」というクレジットに
なっています。

バムのそれまでのエレクトロ・サウンドを形作ってきたアーサー・ベイカーとの
タッグは'84年の「フランティック・シチュエイション」をもって解消していた
のですが、同年のシングル「ユニティ」でバムとジェイムズ・ブラウンが
共演したり、「サン・シティ」のプロジェクトへの参加等で一般的な認知度は
上がっていました。いっぽうでラン=DMCがポップ・チャートでも大ヒットを
とばし、L.L.クール・Jビースティ・ボーイズ等のデフ・ジャム勢がつぎつぎと
デビューして話題になっていた時期。ファッツ・コメットと共演した"Funk You!"は
セールス的には惨敗で、もういちどオリジネイターとしての凄みや存在意義を
アピールしたい、それには「プラネット・ロック」のようなエレクトロ・
サウンドで勝負するか...というような流れがあったと推測します。

今作でプロデュースにあたっているのは「フランティック~」でアシスタント的な
ポジションだったレイ・セラーノとリロイ・エヴァンス。レイについては
以前"B Boys Style"を紹介した際に詳しく書いたので省略します。リロイは
'56年NY生まれのキーボード奏者。'70年代からジミー・キャスター・バンチや
ブラス・コンストラクション等とセッションしてきたというベテランで、
R&B~ヒップホップ~フリースタイル~ラテンまで、幅広くレコーディングに
関わっています。また、エディット担当としてゲイル・キング(女性だとは
知らなかった...)、と"リトル"・ルイ・ヴェガが参加。この頃からエディットも
音楽を「作る」作業として認識されてくることを実感します。

今作は、前回紹介したジョン・カーペンターの"Assault On Precinct 13"
ベースにした曲。ほぼカヴァーといってもいいオリジナルに忠実なアレンジで、
作曲者のクレジットもカーペンターだけになっています。

派手なハンド・クラップ音が鳴り響き、ハイハットのチチチ・・・という音が
グルグル廻る中、ヴォコーダー・ヴォイスが曲名を唄い、ハンマー・ビートが
ドシバシと刻まれます。哀感を帯びたストリングスが薄く入り、その後ディレイの
かかったシンセとオルガンが原曲と同じリフレインを交互に弾いていきます。
4小節の終わりに"Bambaataa's Theme!"というヴォコーダーと"Rock!"という掛け声が
入る以外はインストで、要所でオーケストラ・ヒットがアクセントをつけつつ、
メインをとるシンセとオルガンがリフを繰り返したり、風のようなシンセ音が
グルグルと廻ったりしながらコーダになります。

起死回生を狙った曲の割には、ラップも入らず、それほどファンキーとも言えない
地味な内容です。バム本人はこの音に猛烈なファンク魂を感じたのかもしれませんが、
素人(私も含め)にはネタがマニアックすぎたと言うか...レーベル側もこれだけでは
マズいと思ったのか、このシングルは両A面扱いになっているのですが、その裏面の
曲"Tension"はR&B畑のエリック・カルヴィとポール・ペスコがプロデュースした
完全な唄もの路線の曲。重低音ビートは派手に響いているものの、これはこれで心配に
なってしまうおとなしい内容で、けっきょくこのシングルも不発に終わるのでした。

この曲を収録したアルバム"Beware (The Funk Is Everywhere)"まではアメリカ中心の
リリースだったのですが、以降のバムの作品はDFCやZYX等のヨーロッパのダンス系の
レーベルから発表されることになります。当時は「バムの時代は終わったな...」と
思ったものでした。



"Bambaataa's Theme"



"Tension"




M.C.Crash"Life On The Street"(Beauty And The Beat BAB 109)1987

mccrash.jpg

M.C.クラッシュは'87年のこのシングル一枚のみで消えてしまったラッパー。
本名はT.サイザーと言うようですが、詳しい経歴は不明です。YouTubeの
この曲のビデオのところに、クラッシュの地元の後輩だったという
Seelife Allahuなる人物のコメントがあるのですが、それによると
出身はニュー・ジャージーのリンデン地区(ビューティ・アンド・ザ・
ビート・レーベルのオフィス近く)、リリース当時は十代後半~二十代アタマ
ぐらいだったはず、とのこと。

プロデュースはこのレーベルのオーナーでもあるデューク・ブーティ。
彼の経歴はこちらを参照してほしいのですが、'87年というとレーベルでも
最後期のリリースで、セールス面では今ひとつだったようです。NY周辺では
既にビースティ・ボーイズやパブリック・エナミー辺りがデビューしていて、
未だにエレクトロ的な音を引きずっているブーティの音作りはやや分が悪かった
のかもしれません。それで、近所で評判だった若造ラッパーに焦って声を
掛けてしまった...みたいな感じかなあ。

急停車する車のSEから入り、すぐに「ズドーン」というハンマー・ビートが
炸裂、連打されるビートをバックにガヤが流れ、その中からクラッシュの
ラップが浮かび上がってきます。オーケストラ・ヒットや重いベース、
スクラッチ等も随所に絡みながら曲はすすみ、サビではこちらもブーティ作品
ではおなじみのドリルのように高速ロールするドラムが入ります。詞の内容は
ストリートでのタフな生活を語っているのですが、激しいバックの音に埋もれて
しまってよく聴こえない...終盤に長めのスクラッチ(なかなかのテクニシャン
なのでコスっているのはDJチーズか?)が入り、その後は再び街頭のSEとガヤで
終わります。

サンプリングを駆使してノイジーな重低音が暴れるブーティの特徴的な音は
今作でも変わらずカッコイイのですが、毎回同じなのでマンネリ臭も感じられ
ます。フレディ・フレッシュ本によると今作はこのレーベルの作品の中では
最もレアな一枚とのことですが、私は当時リアルタイムで買っていたので
あまり実感が湧かない...買って一度聴いて「ああいつもの音だな」と確認した後は
何年もしまい込んだままでした。ブーティ自身も、この頃を境にレコーディングから
遠ざかっています。



Melle Mel & Duke Bootee"Message II(Survival)"(Sugarhill SH 594)1982

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「メッセージ・II」は'82年にリリースされた、メリー・メルとデューク・ブーティの
コラボ・シングル。ブーティに関しては既にZ-3・MCズワード・オブ・マウス
そして自身のソロ・シングルを紹介した際に詳しく書きましたので、今回は
メリー・メルについて書いてみます。

メリー・メルことメルヴィン・グローヴァーは'61年、ブロンクスの生まれ。
クール・ハーク、コーク・ラ・ロック、ティミー・ティム、クラーク・ケントらの
オールド・スクーラー達に憧れて16歳の頃からラップをはじめます。その後
デュオで活動していたグランドマスター・フラッシュとカウボーイのグループに
弟のキッド・クリオールと共に加わり、「ザ・スリー・MCズ」の名義で活動を
開始。更にそこへスコーピオとラヒームも加わり、早くも後のフューリアス・
ファイヴの面子が揃うことになります。

'79年にはプロデューサーのテリー・ルイスの手引きで初のシングル"We Rap
More Mellow"を録音。ただ、この曲はまともな契約も無いままテリーが勝手に
出してしまったものだそうで、メンバー達は快く思っていないようです。
グループの名義「ヤンガー・ジェネレイション」というのもテリーが無断で
付けたものだとのこと。

その後、ライブで共演して知り合ったスプーニー・ジーの紹介で、スプーニーの
叔父ボビー・ロビンソンが経営するエンジョイ・レコードと契約を交わし、
シングル"Superappin'"を発表。グループ名も正しく「グランドマスター・フラッシュ
&ザ・フューリアス・ファイヴ」とクレジットされるようになります。セールスは
上々で、グループは(既に「ラッパーズ・ディライト」をヒットさせていた)
大手のシュガーヒルと契約し、そこからシングルを次々とリリースしていくことに
なります。なお、"Superappin'"とほぼ同時にエンジョイから発表されたのが
ファンキー・4・プラス・1・モアの"Rappin And Rocking The House"だったのですが、
この2枚がエンジョイから出た最初のヒップホップのシングルで、同レーベルが
R&B~ブルース系からヒップホップへと転換するきっかけになったのもこの2枚
なのでした。

シュガーヒル入りした彼らは"Freedom"、"The Birthday Party"、"The Adventures~
Wheels Of Steel"等のシングルを次々とヒットさせ、シュガーヒル・ギャングに
替わって同レーベルの看板的存在になっていきます。'82年には名曲"The Message"を
発表。パーティ・ラップ中心だったヒップホップの曲で初めてシリアスな社会問題を
取り上げて、NY以外/他ジャンルのリスナーからも注目を浴びるようになっていきました。

「ザ・メッセージ」が大ヒットして同題のアルバムも発表した後、同曲のメインの
ソングライターだったデューク・ブーティがメリー・メルとコラボして作られたのが
今回の「メッセージ・II」です。こちらのインタビューによると、この曲のリリックは
もともとスプーニー・ジーが書いたものだそうですが、シルヴィア・ロビンソン(
シュガーヒル社長)がそれを気に入らず、メリー・メルが原詞を改作して録音に至った
とのこと。また、トラックは既に発表済の"Scorpio"に酷似しており、かなり即席で
作られたのではないかと思われます。プロデュースはこのレーベルでは毎回同じ
シルヴィア・ロビンソンなのですが、演奏はブーティやレジー・グリフィン等の
シュガーヒルお抱えのミュージシャンが手掛けているようです。

ハンド・クラップがミディアム・テンポのビートを刻み、シンセはピコピコと
秒針のような循環フレーズを繰り返します。DMXのスネアがストトトッ...と駆け降りる
ようにロールし、シンセが「プラネット・ロック」風にミューンとアクセントを
入れ始めたところでデューク・ブーティがラップを開始。"Survival,Only Strong
Can Survive.It's Called Survival."と弱肉強食の世界を語ります。1小節の
フレーズを繰り返すスラップ・ベース、逆回転風のギターも加わり、ラッパーは
メリー・メルに交代。唄とラップの中間のようなトーンで語っていきます。中盤からは
二人がハモったりもしますが、メインはメリー・メルのまま曲は進み、今イチ盛り上がらない
ままインストに抜けてフェイド・アウト。

上に書いたようにトラックは"Scorpio"を流用したもので、そこに僅かに「プラネット・
ロック
」風のシンセ/シン・ドラムを加えたような音。もしかして「プラネット~」の
大ヒットをうけて負けじと作った曲なのかもしれません。メリー・メルのラップが
ふだんよりテンポ緩めなのも「プラネット~」のMCポッピンを意識してなのか?と
思えてきたり...シュガーヒル移籍直後は最先端だった彼らも、流行りを追うように
なるこの後はグループの分裂等も経て、徐々に勢いを失っていくのでした。








4 Killer M.C.'s"Killer Rap"(Bee Pee BP251)1984

4killermcs.jpg


フォー・キラー・M.C.ズは'84年にこのシングル1枚のみをリリースして
消えたグループ。ゲストのリル・モンスキーは曲の後半に登場する
子供ラッパーです。

メンバーの構成や経歴は全くわからず...YouTubeのこの曲のビデオに、
このグループのDJだったというビッグ・ダズなる人物の投稿があるのですが、
そこでのコメントから察するに、MC陣はバム、タブー、ジェフ、ジャズの
4名らしい...当時彼らはまだ14歳だったとのこと。

プロデュースはビー・ピー・レコーズ関連作を一手に引き受ける
バーナード・トーマス。今回は彼について書いてみようと思っていろいろ
調べてみたのですが、経歴やインタビュー等は全く見つかりませんでした。
当ブログでもヴェリチェリテリー・ビューラス等の作品を取り上げて
いますが、'70年代終わりにピーター・ブラウン関連のヘヴンリー・スターや
ランド・オブ・ヒッツといったレーベルでプロデューサー/アレンジャーとして
活動をスタートし、'81年には自らもRapper Dapper名義でラッパーとして
シングルをリリース。その後はルイス・ウェストが設立したビー・ピーや
ロバート・ヒルが所有するザキア・レコーズでプロデュース業を行います。
'80年代半ばからはルイスと二人でドクター・フレッシュ(Dr.Freshh)名義で
活動したり、'86年にはBDPの前身スコット・ラ・ロック&ザ・セレブリティ・
スリーのシングル"Advance"を制作したりもしているのですが、'80年代の
終わりには活動が途絶えています。おそらくブロンクスを拠点にルイスや
ロバート達とスタジオでツルんでいた仲間なのでしょうが、これといった
ヒット曲もないままキャリアを終えてしまったようです。

この"Killer Rap"はバーナードの活動にいちばん脂がのっていた時期('84年)の
リリース。共同プロデュースにルイスが関わっています。

DMXがミディアム・テンポのビートを刻み、エレクトリック・ベースがスラップして
アクセントをつけます。2種のホーン・シンセが合いの手を入れる中、
じゅくじゅくした音色のシンセがソロを取り、その後MC陣がコーラスを唄います。
「オレ達が来るのが見えたら、後ろに下がったほうがいいぞ。多くのMCを
倒してきたんだ、俺たちキラー・MCズ!」といった具合。そのまま掛け合いラップを
始め、スタースキーやカーティス・ブロウ、フィアレス・フォー等をこきおろします。
サビでは(シンセに変わった)ベース・ラインに寄り添うように唄い、シンセ・ソロが
入ります。その後はMCたちのソロ・パートに移り、各々が自分はどれほどすごい
MCかを語ります。再びシンセのソロが入った後はドラム・ブレイクとメンバーが
「フッフッハッハ、フー!」と叫ぶ掛け声が交互に現れ、ユニゾン・ラップに
戻ります。後半は子供ラッパーのリル・モンスキーが登場し、メンバーと会話したり、
唄ったりしながら進み、ユニゾン・ラップの繰り返しで終わります。

バーナードの作品に共通しているのですが、唄のパートが多く、メロディアスで
R&B寄りの音に仕上がっています。唄が目立つせいか、バックの音はモロに
エレクトロなのにキカイ感が薄く、非常にポップに聴こえます。ターゲットに
しているラッパーのメンツからして彼らはハーレム出身かと思うのですが、
そこからも彼らの品の良さ、ポップなたたずまいを類推してしまうのでした。



Roxanne Shante"The Def Fresh Crew"(Pop Art PA 8504)1986

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ロクサーヌ・シャンテ(本名ロリータ・シャンテ・グッデン)は'69年、クイーンズ
生まれの女性ラッパー。前回のUTFOの際に書いたように、"Roxanne,Roxanne"
大ヒットしていた時にそのアンサー・ソング"Roxanne's Revenge"でデビュー
しています。

デビューのきっかけは、マーリー・マールとその師匠ミスター・マジック、そして
彼らのマネージャーだったタイロン・ウィリアムズの3人が、彼らの主催する
イベントでUTFOのメンバーが出演をキャンセルしたということについて不満を
持っているという話をしていたところ、そのことをシャンテが聞きつけて
"Roxanne~"のアンサー・ソングを自分のラップで作らないかと持ちかけての
もの。マーリーたちはそのアイデアを面白がり、マジックが彼のラジオ・ショウで
使用しているスタジオにてレコーディングが行われます。もともとはラジオでの
生放送中に行われたパフォーマンスをそのままレコード化してしまったそうで、
マールがUTFOの曲のインスト版を流す上をシャンテが即興でラップしたもの
なんだそう。

UTFO側には無断でトラックを使用したため、抗議を恐れてマールはリズム・
トラックを自宅のベッドルームで録り直したヴァージョンも作り、ポップ・
アート・レコーズよりシングルが発売されるや25万枚を売り上げる大ヒットに
なります。これを受けて今度はUTFO側がそのアンサー・ソングをリアル・
ロクサーヌなる女性ラッパーに作らせ...という流れを経て「ロクサーヌ・
ウォーズ」が全米に広まっていき、シャンテは弱冠14歳にして超ホットな
女性ラッパーという地位を得たのでした。マールは初プロデュース作の
ディンプルズ・Dラン=DMCのアンサー・ソングだったし、ジュース・クルー
設立後はBDPとのビーフが起こる等やたらと問題作を出しているようにも
みえますが、あくまでこれはレコード上での演出で、互いに切磋琢磨していく
のを面白がっていたように思えます。

話をシャンテに戻すと、その後もマールのプロデュースでつぎつぎと
シングルをリリース。4枚めのシングル"Queen Of Rox"まではロクサーヌ関連の
話題を中心にした「ディス」ソングを出していたのですが、ブームも一段落した
'86年にそれまでとは趣を変えたこの曲を発表しています。

この曲は、トラックに楽器が一切使用されておらず、ビートを刻むのは
今作が初レコーディングになるビズ・マーキー(作曲者のマーク・ホールは
ビズの本名)によるヒューマン・ビート・ボックスのみ、その上をシャンテが
即興でラップしたものをマールがレコーディングしています。

歓声の中、シャンテが"We came here tonight to get started To cold act ill
or get retarded..."と宣言し、ビズが「ハハ」という笑い声/口を尖らせて
「ブッ」と出す音/舌打ちの音/フィンガー・スナップの音を組み合わせて
ビートを刻みます。シャンテがラップをはじめ、自分とビズを紹介して
自分たちがいかにフレッシュで優れたラッパーかを語ります。ブレイクでは
ビズが笑い声のみでビートを組んだり、「ミャウ、ミャウ」と猫の鳴き真似で
アクセントをつけ、後半は「クラックなんかに無駄遣いしないで私たちと
パーティしようよ」と語ります。終盤に"Me and Biz,the Def Fresh Crew..."
と軽く唄い、ビズのビートが短く入って終わります。

シャンテの曲ではこれ以前のシングルのほうが実は「エレクトロ度」が高く、
この曲は全くその手の音が入っていないわけですが、ヒューマン・ビート・
ボックスとラップのみのシンプルな構成が却ってドープに聴こえて大好きな
一曲で、ついこちらを挙げてしまいました。こんな音でもシングル扱いとして
出してしまうところに、ダギー・フレッシュファット・ボーイズのデビュー時よりも
ヒップホップ・カルチャーが深化しているのも感じます。また、冒頭の
語り部分は声ネタとして人気が高く、ビートナッツやロウ・プロファイル等が
サンプリング/コスリに使用しています。







プロフィール
クロい音楽全般が好きなのですが、 ここではエレクトロとオールド・スクールの アナログ盤に絞って紹介していきます。

KDMX

Author:KDMX

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