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Dwayne Omarr "This Party's Jam Packed" (Survivor SUD 132) 1982

dwayneomarr.jpg
ドウェイン・オマーは'66年ボストン生まれのベーシスト/プロデューサー。12歳の
時から作曲をはじめ、14歳の時に出場したTVのコンテスト番組"Super Kids"で
優勝して、そのご褒美としてNYへの旅行と、プリンス・チャールズのレコーディングに
参加する権利を得ます。プリンス・チャールズは現在は主にエンジニア/プロデューサー
として活動していますが、'80年代前半はシティ・ビート・バンドを率いてキッチュな
ファンクを演奏していた人。オマーと録音した"Bush Beat"はイギリスを中心に
カルト・ヒットとなり、チャールズも彼に目を掛けるようになります。

'82年にオマーはチャールズから同郷ボストンのプロデューサー、モーリス・スターを
紹介され、二人は意気投合。モーリスはオマーのマルチ・インストゥルメンタリストぶりに
驚嘆し、モーリスのプロデュースでソロ・デビューすることになります。マイアミの
サヴァイヴァー・レコードと契約して、わずか18歳のオマーが発表したのが今回の
シングルです。

ヴォコーダーがユラユラと曲名を唄い、シン・ドラムがピュンピュンとアクセントを
付けた後、ガヤの中、生ドラムとブヨブヨのシンセ・ベースをバックにヴォコーダーが
唄って曲が進んでいきます。ファンキーなリズム・ギターのカッティング、サビでの
コール&レスポンス等はヒップホップというよりR&B系のファンク・バンド的。そう思って
聴くとギターのリフはロジャーの"So Ruff,So Tuff"そっくりです。

下にあげた"Multi Funk"のCDにはこれより後の"Save The Children('86年作)"やオマーが
プロデュースしたRusty P "The Toe Jammer"のシングルも収録されているのですが、
この頃はドラムも完全に打ち込みになり、シンセ類のフレージングもよりエレクトロ的に
なっています。ただ、この人はやはりヒップホップというよりあくまでヴォコーダー・
ファンクの人だなあというのは変わらないです。

ここに載っているインタビューを読むと、最近のT-ペイン等が演っているロボ声ファンクが
お気に召さないらしく、「オレのほうがはるかに早かった!!ヴォコーダー・バトルやったら
オレの楽勝だぜ」等々鼻息荒いです。"Multi~"のCDもエイフェックス・ツインのレーベル
からだし、どうもアメリカ本国では運に恵まれない人だなあ、とは思います。






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クロい音楽全般が好きなのですが、 ここではエレクトロとオールド・スクールの アナログ盤に絞って紹介していきます。

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