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The Two Tough T Show"Shot Out(Chicken Head)"(On ON 102)1986

twotoughshow.jpg

ザ・トゥー・タフ・T・ショウはエイモス・ラーキンスサニービュー・レーベル傘下に
設立したオン・レコードでシングルを一枚だけ残したグループ。 この曲はレーベル
2枚めのリリースなのですが、最初のシングルはメガトロンズの"Rock The Planet"でした。

グループの中心メンバーはトゥー・タフ・T(Two Tough TまたはToo Tough T)こと
アンソニー・ロウリー。~ショウ名義での録音はこの1枚のみですが、この後はソロで
ダイナミクス・IIの"Just Give A D.J. A Break"にゲスト参加したり、マイロン・
ジョンソン(デザイナー・M.J.)とのデュオ名義でシングルを発表したりしています。
残りのメンバーは作曲者にクレジットのあるマイロン・ジョンソン、レナード・ルイス、
サム・ラティモアの3名。彼らはバック・ヴォーカル要員のようで、エイモスの関連作
によく参加している人たちですが、サムだけはジグ-ザグの"Circuit Breaker"
エイモスとは関わりのないレコードの制作にも携わっていたようです。

レーベルにはプロデューサー等のクレジットが一切無いのですが、下に挙げたコンピ
"Miami Electro Bass Classics"によると、プロデュース/演奏/録音/ミックス等は
全てエイモスによるもの。グループの面々は完成したトラックにラップ&ヴォーカルを
乗せる部分から参加したようです。

スタートと同時に複数のパーカッションが鳴り、ライヴ開演前の楽屋でメンバー達が
会話する様子が流れます。しばらくしてTR-808のビートが加わり、歓声の中、彼らが
ステージに登場。"Here Comes Two Tough~"と唄ったり、「母ちゃん、オレのグッチの
時計はどこ行ったんだ?」等とボケをかましたりします。シンセ・ベースがジングル風の
コミカルなソロを取った後、トゥー・タフを中心にかけ合いラップがはじまります。
詩の内容は「ラップする時に飲みすぎてちゃダメだろ」的なコミカルなもの。サビでは
2人のラッパーが交互に"Shot Out!"と激しく繰り返します。ちょうど幕間のように
シンセ・ベースのソロが再び入り、つづいてペニーという女性の話やら、メンバーが
夢の中でバットマンになった話が語られ、サビの"Shot Out!"連呼の後、「ユー・アー・
マイ・サンシャイン」の替え歌で「サンシャイン」の部分が「チキン・ヘッド」に替え
られて唄われます。"Chicken Head"というのはいわゆるお口のサービスのことだそうで、
「チキン・ヘッドには(髪型は)コーンロウが便利だね」等とお下劣にボケて観衆に
ウケまくり、その後はアドリブでスキャットが入ってフェイド・アウトします。

コミカルなストーリーテリングを主題とした内容はダグ・E・フレッシュ&スリック・リックの
"The Show"のマイアミ版といったところですが、下世話なノリと下ネタ中心の詞が
殆どケーシー高峰レベル(汗)。エレクトロとして真剣に評価するというより、
コミック・レコードとして参考程度に覚えておけばいい感じです。曲名の"Shot Out"
というのも「酩酊して記憶の無い状態」のことだそうで、そういうシチュエーションって
アメリカのコメディでは頻繁に用いられるからなぁ...








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Automation & Family Quest"Dancing In Outer Space/Outer Space 84 Rap"(Jungle Rhythm SWE-T 2)1984

familyquest.jpg

オートメーションはイギリスの白人プロデューサー/キーボード奏者の
ギャリー・ヒューズ(Garry Hughes)を中心としたプロジェクト。
'80年代半ばに2枚のシングルを残しています。

ギャリーの詳しい経歴は不明ですが、'84年にミミなる女性シンガーの
シングルで演奏を担当してデビューし、'80~'90年代半ばまでは
D-モブ、ヨス・インディ等のディスコ/ダンス・ポップ系のレコードで
プロデュース/演奏を手掛け、それ以降はビョーク、スライ&ロビー、
ピンク・フロイド等メジャー系のアーティストのレコーディングに
幅広く参加。いっぽうでエコー・システム、ボンベイ・ダブ・オーケストラ
という自身のグループではアンビエント/エスニック・ミュージック系の
作品を発表しています。スタジオ・ミュージシャンとして鍵盤系の
仕事を多数こなしつつ、自身の作品では趣味の世界を追及している
感じでしょうか。

キャリアの初期の頃はいわゆるUKジャズ・ファンク(ブリト・ファンク)系の
ミュージシャンとの関わりが強かったようで、今作ではその流れの
ひとりであるピーター・ハインズとコラボしています。ピーターは
ブリト・ファンクの代表的グループ、アトモスフィア~ライト・オブ・ザ・
ワールド~インコグニートを渡り歩いてきた黒人のキーボード奏者。
今作はライト~が解散した直後ぐらいに、二人が軽いノリで作ったもの
ではないかと思います。ちなみにオートメーションの次のシングルには
アトモスフィアのギタリスト、アンディ・ソジカが参加していました。

今作のA面はアトモスフィアのヒット曲"Dancing In Outer Space"の
カヴァー。原曲自体がジャズ・ファンク・クラシックとして今も
プレイされる曲で、サックスのキレの良いリフ、間奏部分での
「ミョミョミョミョッ」というシンセ・ソロが印象的です。
「エレクトロの曲」として認識されているのは、B面にはその曲に
ラッパーをフィーチュアした"Outer Space 84 Rap"が入っているから。
ラップを担当しているのがファミリー・クエストの面々です。

ファミリー~はチコ・MC、イー・ミックス(E-Mix)、ダーティ・ハリー、
ミステリー・MCの4人組。彼らはUKのDJチーム、ミックスマスターズの
出演していたコヴェント・ガーデンのスパッツというクラブでの
イヴェントでのレギュラーMCとして人気を集め、イギリスでの
ヒップホップ・カルチャーの発展/定着に大きく寄与したとのこと。
今作は彼らの初レコーディングになります。

打ち込みのドラムがアップ・テンポのビートを刻み、JBのシャウトが
スクラッチで入れ込まれてスタート。エレピ、ストリングス・シンセ、
シンセ・ベースが加わり、ラッパーたちが掛け合いで自己紹介して
いきます。ちょっとダンスホール・レゲエの影響も感じる早口になったり、
タイトルを唄ったりしつつ曲はすすみ、その後はチコ・MCから順に
ソロ・パートへ。徐々に原曲のエレピやベースのリフ音も大きく
ミックスされていきます。ラストは女性のミステリー・MCで締め、
彼女の「バイバ~イ」という声で終了。

バックの音は原曲を打ち込み/シンセ類に置き換えただけのシンプルな
ものですが、本場のヒップホップも元々はヒット曲のブレイク部分を
流用していたわけで、この曲はその元ネタにUK原産のものを選んで
いるところに「俺たちのオリジナルを作るんだ!」という意志を
感じます。ファミリー~のラップは小節の終わりにガヤを入れる
ところや、女性MCが居る辺りはファンキー・4+1の影響を感じますが、
いい意味での軽さが曲調にも合ってけっこうカッコイイ。原曲と
繋いでかけるとバカ受けしそうです。

ファミリー・クエストは、この2年後にデイヴィッド・トゥープ(!)の
プロデュースでシングル"Sleepwalking"を発表した後、解散して
しまいますが、リーダー格のチコ・MCはソロで活動を続け、現在では
「ダディ・ヒップ・ホップ」と呼ばれるUKの重鎮になっているそうです。


"Outer Space 84 Rap"




Automation版"Dancing In Outer Space"





原曲:Atmosphere"Dancing In Outer Space"

Melle Mel & Duke Bootee"Message II(Survival)"(Sugarhill SH 594)1982

mellemeldukebootee.jpg

「メッセージ・II」は'82年にリリースされた、メリー・メルとデューク・ブーティの
コラボ・シングル。ブーティに関しては既にZ-3・MCズワード・オブ・マウス
そして自身のソロ・シングルを紹介した際に詳しく書きましたので、今回は
メリー・メルについて書いてみます。

メリー・メルことメルヴィン・グローヴァーは'61年、ブロンクスの生まれ。
クール・ハーク、コーク・ラ・ロック、ティミー・ティム、クラーク・ケントらの
オールド・スクーラー達に憧れて16歳の頃からラップをはじめます。その後
デュオで活動していたグランドマスター・フラッシュとカウボーイのグループに
弟のキッド・クリオールと共に加わり、「ザ・スリー・MCズ」の名義で活動を
開始。更にそこへスコーピオとラヒームも加わり、早くも後のフューリアス・
ファイヴの面子が揃うことになります。

'79年にはプロデューサーのテリー・ルイスの手引きで初のシングル"We Rap
More Mellow"を録音。ただ、この曲はまともな契約も無いままテリーが勝手に
出してしまったものだそうで、メンバー達は快く思っていないようです。
グループの名義「ヤンガー・ジェネレイション」というのもテリーが無断で
付けたものだとのこと。

その後、ライブで共演して知り合ったスプーニー・ジーの紹介で、スプーニーの
叔父ボビー・ロビンソンが経営するエンジョイ・レコードと契約を交わし、
シングル"Superappin'"を発表。グループ名も正しく「グランドマスター・フラッシュ
&ザ・フューリアス・ファイヴ」とクレジットされるようになります。セールスは
上々で、グループは(既に「ラッパーズ・ディライト」をヒットさせていた)
大手のシュガーヒルと契約し、そこからシングルを次々とリリースしていくことに
なります。なお、"Superappin'"とほぼ同時にエンジョイから発表されたのが
ファンキー・4・プラス・1・モアの"Rappin And Rocking The House"だったのですが、
この2枚がエンジョイから出た最初のヒップホップのシングルで、同レーベルが
R&B~ブルース系からヒップホップへと転換するきっかけになったのもこの2枚
なのでした。

シュガーヒル入りした彼らは"Freedom"、"The Birthday Party"、"The Adventures~
Wheels Of Steel"等のシングルを次々とヒットさせ、シュガーヒル・ギャングに
替わって同レーベルの看板的存在になっていきます。'82年には名曲"The Message"を
発表。パーティ・ラップ中心だったヒップホップの曲で初めてシリアスな社会問題を
取り上げて、NY以外/他ジャンルのリスナーからも注目を浴びるようになっていきました。

「ザ・メッセージ」が大ヒットして同題のアルバムも発表した後、同曲のメインの
ソングライターだったデューク・ブーティがメリー・メルとコラボして作られたのが
今回の「メッセージ・II」です。こちらのインタビューによると、この曲のリリックは
もともとスプーニー・ジーが書いたものだそうですが、シルヴィア・ロビンソン(
シュガーヒル社長)がそれを気に入らず、メリー・メルが原詞を改作して録音に至った
とのこと。また、トラックは既に発表済の"Scorpio"に酷似しており、かなり即席で
作られたのではないかと思われます。プロデュースはこのレーベルでは毎回同じ
シルヴィア・ロビンソンなのですが、演奏はブーティやレジー・グリフィン等の
シュガーヒルお抱えのミュージシャンが手掛けているようです。

ハンド・クラップがミディアム・テンポのビートを刻み、シンセはピコピコと
秒針のような循環フレーズを繰り返します。DMXのスネアがストトトッ...と駆け降りる
ようにロールし、シンセが「プラネット・ロック」風にミューンとアクセントを
入れ始めたところでデューク・ブーティがラップを開始。"Survival,Only Strong
Can Survive.It's Called Survival."と弱肉強食の世界を語ります。1小節の
フレーズを繰り返すスラップ・ベース、逆回転風のギターも加わり、ラッパーは
メリー・メルに交代。唄とラップの中間のようなトーンで語っていきます。中盤からは
二人がハモったりもしますが、メインはメリー・メルのまま曲は進み、今イチ盛り上がらない
ままインストに抜けてフェイド・アウト。

上に書いたようにトラックは"Scorpio"を流用したもので、そこに僅かに「プラネット・
ロック
」風のシンセ/シン・ドラムを加えたような音。もしかして「プラネット~」の
大ヒットをうけて負けじと作った曲なのかもしれません。メリー・メルのラップが
ふだんよりテンポ緩めなのも「プラネット~」のMCポッピンを意識してなのか?と
思えてきたり...シュガーヒル移籍直後は最先端だった彼らも、流行りを追うように
なるこの後はグループの分裂等も経て、徐々に勢いを失っていくのでした。








4 Killer M.C.'s"Killer Rap"(Bee Pee BP251)1984

4killermcs.jpg


フォー・キラー・M.C.ズは'84年にこのシングル1枚のみをリリースして
消えたグループ。ゲストのリル・モンスキーは曲の後半に登場する
子供ラッパーです。

メンバーの構成や経歴は全くわからず...YouTubeのこの曲のビデオに、
このグループのDJだったというビッグ・ダズなる人物の投稿があるのですが、
そこでのコメントから察するに、MC陣はバム、タブー、ジェフ、ジャズの
4名らしい...当時彼らはまだ14歳だったとのこと。

プロデュースはビー・ピー・レコーズ関連作を一手に引き受ける
バーナード・トーマス。今回は彼について書いてみようと思っていろいろ
調べてみたのですが、経歴やインタビュー等は全く見つかりませんでした。
当ブログでもヴェリチェリテリー・ビューラス等の作品を取り上げて
いますが、'70年代終わりにピーター・ブラウン関連のヘヴンリー・スターや
ランド・オブ・ヒッツといったレーベルでプロデューサー/アレンジャーとして
活動をスタートし、'81年には自らもRapper Dapper名義でラッパーとして
シングルをリリース。その後はルイス・ウェストが設立したビー・ピーや
ロバート・ヒルが所有するザキア・レコーズでプロデュース業を行います。
'80年代半ばからはルイスと二人でドクター・フレッシュ(Dr.Freshh)名義で
活動したり、'86年にはBDPの前身スコット・ラ・ロック&ザ・セレブリティ・
スリーのシングル"Advance"を制作したりもしているのですが、'80年代の
終わりには活動が途絶えています。おそらくブロンクスを拠点にルイスや
ロバート達とスタジオでツルんでいた仲間なのでしょうが、これといった
ヒット曲もないままキャリアを終えてしまったようです。

この"Killer Rap"はバーナードの活動にいちばん脂がのっていた時期('84年)の
リリース。共同プロデュースにルイスが関わっています。

DMXがミディアム・テンポのビートを刻み、エレクトリック・ベースがスラップして
アクセントをつけます。2種のホーン・シンセが合いの手を入れる中、
じゅくじゅくした音色のシンセがソロを取り、その後MC陣がコーラスを唄います。
「オレ達が来るのが見えたら、後ろに下がったほうがいいぞ。多くのMCを
倒してきたんだ、俺たちキラー・MCズ!」といった具合。そのまま掛け合いラップを
始め、スタースキーやカーティス・ブロウ、フィアレス・フォー等をこきおろします。
サビでは(シンセに変わった)ベース・ラインに寄り添うように唄い、シンセ・ソロが
入ります。その後はMCたちのソロ・パートに移り、各々が自分はどれほどすごい
MCかを語ります。再びシンセのソロが入った後はドラム・ブレイクとメンバーが
「フッフッハッハ、フー!」と叫ぶ掛け声が交互に現れ、ユニゾン・ラップに
戻ります。後半は子供ラッパーのリル・モンスキーが登場し、メンバーと会話したり、
唄ったりしながら進み、ユニゾン・ラップの繰り返しで終わります。

バーナードの作品に共通しているのですが、唄のパートが多く、メロディアスで
R&B寄りの音に仕上がっています。唄が目立つせいか、バックの音はモロに
エレクトロなのにキカイ感が薄く、非常にポップに聴こえます。ターゲットに
しているラッパーのメンツからして彼らはハーレム出身かと思うのですが、
そこからも彼らの品の良さ、ポップなたたずまいを類推してしまうのでした。



Hot Streak"Body Work"(Easy Street EZS 7503)1983

hotstreak.jpg

ホット・ストリークはソングライター/プロデューサーのカーティス・
ハドソンによって作られたグループ。'83年にこのシングル1枚のみを
残しています。

カーティスは当初は弟のレイモンド&ウェイド・ハドソン達と共に
ザ・プロフェッショナルズというグループを結成し、ニュー・ジャージー
周辺のチトリン・サーキットでカヴァー専門のクラブ・バンドとして
活動していました。そこにレイモンのガールフレンドの友人だった
女性シンガーのリサ・スティーブンスが紹介され、オーディションとして
E,W&Fの"Keep Your Head to the Sky"を唄わせてみたところ、リサの
声域の広さにカーティスが感嘆してすぐグループへの加入が決定。
そこから彼らはグループ名をピュア・エナジーと改めて、オリジナル曲を
演奏するレコーディング・アーティストを目指すことになります。

グループは'80年にディスコ系のレーベル、プリズムと契約して1枚のアルバム、
数枚のシングルを発表するのですが、セールス面ではパッとせず、活動は
停滞します。ここでのインタビューによると、彼らは本来はクロくて
ファンキーな音楽性を持っていたのに、レコードはディスコ系の軽い音に
作られてしまったこと、またレーベルが新しかったため、スタッフが
プロモーションのノウハウを持っていなかったこと等にカーティス達は
不満を持っていたようです。

その後、カーティスとリサの二人はプロテュース/ソングライティング中心の
裏方としての活動に廻るようになり、女性シンガーのマキシン・シングルトンや
妹のロウリス・ハドソン等のシングルを制作。スタジオ内で過ごすことが
多くなっていたカーティスが、レコーディング中の空き時間に作ったのが
この"Body Work"でした。ドラム・マシンとベースはカーティスが演奏し、
リサとロウリスにコーラスを唄わせて、パーカッションには旧知の仲だった
バシリ・ジョンソンが参加。出来上がった曲を彼らのマネージャーが
設立されたばかりのイージー・ストリート・レコーズに持ち込み、
レコード契約を取り付けます。カーティス達はまだプリズムとの契約が
残っていたので新たにヴォーカルを入れることを決め、スペシャル・
フォーシズというグループで活動していたデリック・デュプリーという
男性シンガーをスカウトして、彼のヴォーカルを加えます。さらに
ビュア・エナジーのプロモーションを行っていた際に知り合ったジェリービーン
コ・プロデュースとミックスで加わり、ジェリービーンの相方フレッド・ザーが
シンセのソロを加えて曲は完成。

イージー・ストリートから発売されたシングルはジェリービーンの
プッシュもあって当初NY周辺のクラブでヒットしていたのですが、発表の
翌年に映画「ブレイキン」のサントラにも収録され、ポリドールから
再リリースされたところ100万枚を超える大ヒットになります。ちなみに
このシングルにカップリングで収録されていたのが"Reckless"でした。

打ち込みのドラムがハンマーを打つようにビートを刻み、シンセ・ベースが
ジジジジ...と規則的に低音を加えます。マッチョな男性コーラスが
"I Don't Know How To Control,Music Makes You Lose Control.
Work Your Body To The Beat,Body Work Set You Free."等と唄った後、
ドラムがディスコ・ビートに変わり、パーカッションも加わります。
シンセのソロが短く入った後、"Work,Work"という男性/"Body"という女性の
コーラスが交互に繰り返され、エレピがケニ・バークの"Keep Risin' To
The Top"からパクったようなリフを繰り返します。さらにリズム・ギターや
ヴォコーダーも加わり、その後はコーラス/シンセ/ヴォコーダー/パーカッションが
順にソロを取って曲が進んでいきます。コーラスはひたすら「身体を動かせ!
そうすればハイになる!」的な主張をつづけ、終盤は彼らがアドリブで
唄ってフェイド・アウト。

軍隊の号令/掛け声を連想させる男臭いコーラスが印象的。この声が大音量で
流れる中を複数の人が踊りまくる状態というのは、なんだかゲイっぽいです(汗)。
シンセ・ベースがイェロ(Yello)'81年のヒット"Bostich"を意識している風
でもあり、それがエレクトロ感を強くしていると思っていたのですが、
今回改めて聴いてみると、手弾きのシンセ類やパーカッションも
きっちり入っていて、ディスコ寄りのポップス/R&Bとして完成された音だと
感じました。グループの成り立ちがワープ9にも似ているのですが、
そのどちらにも関わっているのがジェリービーン。そして、この後のカーティスは
ジェリービーンとの縁からマドンナに自作の「ホリデイ」を提供し、これが
大ヒットして裏方としての活動が軌道に乗っていくのでした。もともと、
そういうポップな曲を書く資質を持っていたんでしょうね。








プロフィール
クロい音楽全般が好きなのですが、 ここではエレクトロとオールド・スクールの アナログ盤に絞って紹介していきます。

KDMX

Author:KDMX

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