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The System"You Are In My System"(Mirage 99938)1982

thesystem.jpg

ザ・システムはヴォーカル/ギターの黒人ミック・マーフィとキーボードの
白人デイヴィッド・フランクから成るR&B系シンセ・ポップ・デュオ。
'82年にニュー・ヨークで結成されました。

デイヴィッドはボストン近郊の街で生まれ育ち、子供の頃はクラシック・
ピアノを学んでいましたが、徐々にお上品なクラシックに飽きてポップス系の
音楽に転向。キース・エマーソンやイエス等のプログレやスティーヴ・
ウィンウッドのようなブルー・アイド・ソウル、ジェイムズ・ブラウン等の
R&Bやファンクに惹かれるようになっていきます。高校ではサイケデリックな
ロック・バンドで演奏していたのですが、ライヴで共演したソウル系のシンガーが
自分のグループに加入してからは、徐々に音楽性もR&B寄りに変化していきました。
その頃、バンドのベーシストがアープ・オデッセイのシンセを彼に提供し、
デイヴィッドはシンセの音にのめり込んでいきます。

'80年代に入るとセッション・ミュージシャンを志望してNYへ上京するのですが、
当初はスタジオ仕事が貰えず、主に結婚式で演奏していたとのこと。
この頃、オーヴァハイム社から発売されたDSX/DMX/OBXA等のシンセや
ドラム・マシーン類を買い揃えて、全ての演奏を自分ひとりで行う術を
身に付けたそうです。その後、小さなスタジオのオーナーからの依頼で
オリジナルのダンス用の曲を録音することになり、デイヴィッドが
ヴォーカリストとして声をかけたのが無名時代のマドンナ。
"In Times Of Passion"と題されたその曲は当初彼女のヴォーカルで録音の
予定でしたが、マドンナ側がドタキャンして急きょ呼ばれることになったのが
ミックなのでした。

いっぽうのミック・マーフィはノース・カロライナのローリーという町に
生まれ、幼少の頃にNYのクイーンズに引っ越してきます。その後地元の
仲間と共にジャック・サス・バンドというグループを結成します。後に
ソングライターとして成功するララ・コープも居たそのグループは、
NY周辺の"ノー・ウェイヴ"と言われたパンク・ムーブメントの一翼と
見なされる音楽性を持っていたそうですが、数年前にCD化された未発表音源を
聴いてみると、パンクと言うよりは初期のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの
影響を強く感じるファンク・ロック/R&Bでした。彼らはコースターズや
チャック・ベリーがマジソン・スクエア・ガーデンでライヴを行う際の
バッキングをつとめたりもしたそうですが、けっきょくグループの活動だけ
では食っていくことが出来ず、ミックは以前からの知り合いだったR&B系
グループ、クリーア(Kleeer)のマネージャーをはじめることになります。
その頃クリーアのロード・バンドの一員だったのがデイヴィッドで、そこで
二人は知り合うことになったのでした。

締切間近なのにヴォーカリストが居なくなった...というデイヴィッドの頭に
浮かんだのがミック。デイヴィッドは彼のロフトにミックを呼び寄せ、徹夜で
レコーディングを開始します。今ひとつパッとしなかったデイヴィッドの原曲を
ミックが改作して曲は"It's Passion"として完成。翌日ミックはマスター・テープを
アセテートのアナログ盤に落としてもらう作業を友人のエンジニアに依頼するの
ですが、そのテープをミラージュ・レコードの社長ジェリー・グリーンバーグが
気に入り、同レーベルと契約を結ぶことになります。発売されたシングルは
すぐにNY周辺のラジオ曲で頻繁にプレイされて大ヒットとなり、彼らは一躍
話題のグループになります。ヴォーカリストとシンセ/ドラム・マシン等の
バック担当の二人だけという形態はイギリスのエレクトロ・ポップ系のグループ
では既に見られていましたが、アメリカのR&B系グループとしてはまだ珍しく、
その音作りと同様に斬新なイメージがありました。

今回の"You Are In My System"は"It's Passion"につづいて発表された2枚目の
シングル。作詞作曲/演奏/プロデュース全てにメンバー二人によるものです。

DMXのハイハットにブヨブヨしたシンセ・ベースが絡んだ後、ミディアム・テンポの
ファンク・ビートが刻まれ、各種シンセ類が細かくアクセントを付けてキカイっぽさを
強調していきます。そこにミックのヴォーカルが加わり、熱っぽく「俺の
システムに入ったオマエ」を唄いあげていきます。サビでコーラスとストリングス・
シンセが加わり、ブレイクで短くシンセ・ソロが入って再びミックのヴォーカルへ。
2度目のサビの後ミックの語りが入り、ダブ処理されたコーラスやシンセのソロが
つづきます。その後ヴォーカルが戻り、コーラスのフレーズをアドリブで繰り返し
ながらフェイド・アウトします。

彼らの音は、ドラムのパターンはシンプルなのですが、ピロピロと細かく刻まれる
デイヴィッドのシンセに特徴があり、それがリズムを強調して、キーボード中心の
音でもソフトになり過ぎない新しさがあったと思います。デイヴィッドはこの後
セッション・ミュージシャンとしても人気が出て、チャカ・カーン、フィル・コリンズ、
スクリッティ・ポリッティ、そしてこの"~System"をカヴァーするロバート・
パーマー等のレコーディングに参加。一聴しただけで彼の演奏とわかるシンセを
聴かせてくれます。ヒップホップ寄りのエレクトロに直接影響を与えた感は薄い
のですが、それらと同時期に「機械による黒人音楽」を志向した音として
シンパシーを感じてしまうのでした。








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Star Studded Strutters"Neckwork"(Eron 12A97)1983

starstuddedstrutters.jpg

スター・ステュデッド・ストラッターズはテキサス州ダラスを拠点に
活動していたユーシェイ・イーロン(Ushy Eron)によるプロジェクト。
このシングル一枚のみしかリリースしていません。レーベルもイーロン
個人のもののようで、この曲のリリースだけで消滅しています。

イーロンの詳しい経歴は不明ですが、本職はDJで、'80年代初頭から
ダラスのマッド・キャップ・モリーズ、スターヅ、ピザッツといった
クラブでオサラを廻しつつ、KNOKやKKDAといった当地のラジオ局でも
番組を持ち、ダラスでNo.1のファンクDJとして絶大な人気を誇っていた
とのこと。彼は主にヒップホップよりもファンクのレコードを好んで
かけていたらしく、自身のプロダクション名にはブライズ・オブ・
ファンケンシュタインのアルバム名から引用した「ファンク・オア・
ウォーク」を冠しています。彼のDJプレイは曲同士のミックスの
テクニックがすばらしく、ダラス周辺のリスナー達は皆彼の番組を
録音していたとのこと。ヒップホップ世代からも支持されており、
'07年に没した後も彼の業績を称える番組やミックス・テープが作られて
います。

この曲のレコーディングの経緯も不明ですが、おそらくダラス発のファンク/
ヒップホップを広めたい、みたいな意図があったものと思われます。
ジャケットには大きくダラス周辺の地図があしらわれ、アーティスト名も
曲名も無く大書きされた"Sounds of a Serious Dallas Party"の文字...
ヒップホップでは時に地元讃歌的な曲が見られますが、あまり音楽が
盛んでない地域ほど、いざ形になるとその愛情が大きく出てしまうのかも
しれません。

作曲/プロデュースはイーロン自身。コ・プロデュースにこの後ヴァニラ・
アイス(彼もダラス出身なのでした...)を手掛けることになるキム・シャープが
参加しています。

リン・ドラムが軽快なビートを刻み、ヴォコーダーが"Listen To Me,(x2) To
Party Rock!"と繰り返します。その後リズム・ギター、エレクトリック・ベース、
ストリングス・シンセ等も加わり、ファズのかかったシンセとスラップ・ベースが
2小節のフレーズを繰り返す中を、男性(イーロン)が大げさなアクセントを付けて
ラップしていきます。途中からはハード・ロック調のギターも加わり、ラップに
応えるようにフレーズをキメていきます。中盤にギター・ソロが入った後は
イーロンが"Work It,Break It"とか"Upstroke,Downstroke"等と囃し立てる
フレーズを繰り返してフェイド・アウト。

サビ無しでノリ一発!みたいな勢いで作ってしまったような曲。詞の内容も
「首を振れ、踊りまくれ~!」といった感じでイージーと言えばイージーな
出来です。打ち込みのリズムは使っているものの、生演奏の比重も高くて
どこか野暮ったい印象もあります。当ブログではテキサス産のレコードというと
先にX-25バンドの曲を取り上げていますが、ヒップホップ的なこだわりが
浸透し切れずにR&Bと混じってしまうような感じが共通していて、ローカルな
エレクトロの限界も感じます。この曲はElectro Empireの投票でもけっこう
挙げられている、人気のある曲ではあるのですが...



Eddie B.&Oscar T."Where's The Beef?"(Sagittarius 001-84)1984

eddieboscart.jpg

"Where's The Beef?"は'84年にリリースされた、エディ・ブルッサード
(Eddie Broussard)とオスカー・T・ノック(Oscar T. Knock)のコラボ・シングル。
このコンビでのリリースはこのシングル1枚のみです。

各々の詳しい経歴は不明ですが、エディのほうは2年前の'82年に同じサジタリウス・
レコードから、カーティス・ブロウのバラード曲をカヴァーした"All I Want In
This World (Is To Find That Girl)"というシングルを発表しています。苗字が
同じですが、エジプシャン・ラヴァーとの血縁は無いとのこと。オスカーは、
この後'85年にレオン・ヘイウッドのシングルで演奏を手掛けたり、'86年には
ソロ・シングル"My Knees Get Weak"を発表したりしています。二人とも
カリフォルニアのロング・ビーチを拠点に活動していたようですが、上に書いた
程度しかレコーディングの履歴はないようです。

曲名になっている"Where's The Beef?"というのは、当時の流行語で、もともとは
ハンバーガーのウェンディーズの広告に用いられた台詞。競合チェーンの
ハンバーガーの肉が少ないことを揶揄したものですが、その後慣用句化して
「外見は立派だけど肝心の中身は大したことない」というような場合に広く
用いられています。

このシングルではトラックの作曲と演奏はオスカーが、作詞とラップはエディが
担当。バック・ヴォーカリストとして4人の名前がクレジットされていますが、
他での録音が確認出来ないので、ロング・ビーチ周辺のローカルなミュージシャン
だと思われます。

イントロからヴォコーダーが曲名を繰り返し、DMXがアップ・テンポのビートを
刻み、それに合わせてスクラッチがコスられます。その後リズム・ギターと
ストリングス・シンセが加わり、男性コーラスが曲名を繰り返し、ファンキーな
シンセ・ベースも絡みます。音が厚くなったところで男性ラッパーが登場し、
ちょっと抑えた口調で自分のデートの模様を語ります。サビではガールフレンド役の
女性の台詞が入り、その後男性ラッパーが複数になり、2度目のサビではピッチ変更した
子供声のヴォーカルが曲名を連呼。ドラム・ブレイクにスクラッチが絡んだ後、
ヴォコーダーと口笛のような音色のシンセがソロを取り、再び曲名連呼のコーラス~
ギター・ソロ、そして子供声のヴォーカルが話の顛末を語って終わります。

どうやらここでは"Beef"というのは男性のシンボルのことを指しているらしく、
つまりこの曲は「粗チン」をからかわれた男の嘆きをテーマにしたもののようで、
クールなヴォコーダー・ファンクといった曲調に対して実はユーモラスな
ノヴェルティ・タッチの曲であったことがわかります。フレディ・フレッシュの
例の本
を見るとエルヴィン・ジャーマンの同時期のシングル"Beef Box"
参照、みたいなことが書いてあるのですが、"Box"というのは女性のアソコという
意味もありますから、"Beef Box"のほうはそういうことを語っていたのか!と
今ごろ気付いたりして(汗)...

ギターも入ったメロデイアスな作り、あまりうまくないラップやスクラッチといった
辺りからして、ふだんR&B系の音楽を演っているミュージシャンが流行りに乗じて
ラップぽく作ってヒットを狙ってみた、ということのようです。



Sexual Harrassment"I Need A Freak"(Heat MS 605)1983

sexualharrasment.jpg

セクシャル・ハラスメントはオハイオ州クリーブランド出身の
リン・トリヴァー・Jr.(Lynn Tolliver Jr.)を中心としたプロジェクト。
セックスをテーマにしたグループのためか、トリヴァーは
デイヴィッド・ペイトンという芸名を使っています。

トリヴァーは'50年生まれ。9歳の時に詩を、17歳の頃には詩に合わせた
作曲も始め、自作の曲を宅録したデモ・テープを作り始めます。
その後地元のショットガンというグループ(ABCやMCAからアルバムを
出していた同名グループとは別...らしい)に参加するも方向性の違いから
解散。トリヴァーはMCAレコードに入社してA&Rマンとして働くようになります。

MCAに勤務していた'81年ごろ、トリヴァーはガールフレンドが言った
"I Need A Freak"という台詞から新グループのコンセプトを思いつき、
ろくに曲も出来ていないのに地元のミュージシャン達とスタジオに入って
今作を録音します。トリヴァーは簡単なテンポやコードの指示を出しただけで、
飲み込みの良いミュージシャンが次々と演奏を重ねていき、出来上がった
リズム・トラックにトリヴァーがヴォーカルを何度かオーヴァーダブして
あっという間に出来上がってしまったそう。

完成した曲は当初は地元のグレイトという小レーベルから7インチのみで
'82年にリリースされます。同じ頃トリヴァーは地元のラジオ局WZAKに
プログラム・ディレクター兼DJとして入り、本名でラジオDJを開始します。
この頃はレコードに関してはあくまでも個人的な楽しみに毛が生えた程度の
もので、セールス等には全く期待していなかったそうですが、それに反して
曲は話題を集め、翌年には大手インディのモンタージュ/ヒートから12インチで
改めてリリースされ、あっという間に全米に広がって10万枚を売るヒットに
なったそう。トリヴァーは当惑しつつもヒート・レーベルの要請に応じて
パーマネントなグループとしても活動していくことを決め、地元の
ミュージシャンを集めて、グループ「セクシャル・ハラスメント」が
誕生することになったのでした。

グループはスタジオではトリヴァーが中心となってレコーディングを行い、
ライヴではDJ業が忙しい彼抜きで活動して、ドラマーのデイル・ジャクソンが
代理でリード・ヴォーカルもつとめていたそうです。彼らは'86年まで活動した後
解散したのですが、"I Need~"は'80年代エレクトロの代表的な一曲として
プレイされ続け、'00年代に入っても何度かリイシューされています。

そんなわけで、今作は'82年にリリースされた彼(ら)のデビュー曲。
作詞作曲はデイヴィッド・ペイトン(=トリヴァー)。プロデュースの
パット・フランシスは他のレコードでの参加歴が殆ど見られないので、
オハイオ周辺のローカルな人物と思われます。

ミューンと低く唸るシンセ・ベースにペナペナなTR-808のビートが絡み、
その後シンセ・ベースが一音連打に変わったところでトリヴァーが妖しい
トーンで語り始めます。「俺にはフリーク(イカレ女?ぐらいな意味かな...)が
必要だ」と連呼すると女性の笑い声が被さり、トリヴァーが好みの女性の容姿を
詳しく語っていきます。その後曲名連呼の声が複数になり、それに応えるように
ストリングス・シンセが合いの手を入れて徐々に盛り上がっていきます。
中盤でヴォーカルが抜けてシンセがソロを取り、テープ逆回転のような
「ミュミュミュ」というSE的な音が何度も入れ込まれ、その後集団コーラス~
SEシンセのソロで終わります。

単調な打ち込みのビートと呪文のように繰り返されるコーラス、それに後半の
電子音のソロと、シンプルを極めたような音なのですが、妖しく尖った雰囲気が
印象的で一度聴くと忘れられなくなります。'90年代にはエジプシャン・ラヴァー
この曲をカヴァー(言われてみれば彼の音はこの曲の雰囲気にピッタリです)し、
'00年代に入ってからではスヌープ・ドッグやブラック・アイド・ピーズが
サンプリングして使用しています。自分では、この曲はクレイン&MBOみたいな
イタロ系白人ディスコの曲だと思っていたのですが、今回調べてみて
(ファンクの里として知られる)オハイオ産、主人公はブラック・カルチャー
どっぷりの人物だったことにかなり驚きました...


Lynn_Tolliver_Jr01.jpg
WZAK局のプロモーション用写真に収まるトリヴァー(下)。彼はこの後30年近く
クリーブランドでDJをつづけ、ビルボード誌の年間DJ賞を獲る等ラジオDJとしても
成功。近年にはブロードキャスターズ・ホール・オブ・フェイムにも入ったとのこと。







プロフィール
クロい音楽全般が好きなのですが、 ここではエレクトロとオールド・スクールの アナログ盤に絞って紹介していきます。

KDMX

Author:KDMX

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