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Section 25"Looking From A Hilltop"(Factory FAC 108)1984

section25.jpg

セクション・25は'78年にイギリス北西部の都市ブラックプールで
ローレンス&ヴィンセントのキャシディ兄弟によって結成された
ロック・グループ。その後ブラックプールに近いマンチェスターの
ファクトリー・レコードと契約し、同レーベルの先輩グループ、
ジョイ・ディヴィジョンのメンバーだったイアン・カーティスの
プロデュースでデビュー・シングル"Girls Don't Count"を発表します。

デビュー当時はジョイ・ディヴィジョンに連なる暗鬱なギター・サウンドを、
'82年のセカンド・アルバム"The Key Of Dreams"では長尺のサイケデリックな
曲等を聴かせていたのですが、ジョイ~がニュー・オーダーへと進化した
ように彼らも洗練の方向へ向かい、ローレンスの妻ジェニー・ロスを
ヴォーカリストに迎えたり、打ち込みのリズムを取り入れたりしてダンス・
ミュージックを意識した作風へと変化していきました。

"Looking From A Hilltop"は'84年のサード・アルバム"From The Hip"からの
シングル・カット。両面とも"Looking~"が収録されているのですが、A面には
"Restructure"、B面には"Megamix"のサブタイトルが付けられ、どちらも
アルバムのヴァージョンに手を加えた内容になっています。アルバムは
メンバー自身とBeMusic(ニュー・オーダーのメンバーがプロデュース業を
行う時に用いた変名)のプロデュースだったのですが、このシングルでは
加えてア・サートゥン・レイシオの黒人ドラマー、ドナルド・ジョンソンも
名を連ねていて、よりファンキーかつエレクトロ寄りな音を聞かせてくれて
います。特にB面のメガミックスのほうがエレクトロ好きからは評価されている
ようなので、今回はそちらについて書いてみます。

イントロからローランドのTB-303にエコー&ディレイがかかり、ファンキーな
ビートが刻まれます。ジョルジオ・モロダー風のベース・シークエンスに
妖しく囁く男性の声がかぶさり、アンビエント風なシンセのリフをバックに
ファズのかかったギターが鳴らされます。壮大なストリングス・シンセが
テーマを奏でた後、女性シンガー(ジェニー)が気怠く唄いはじめます。
テープ逆回転のエフェクトが繰り返し差し込まれつつジェニーのヴォーカルは
つづき、ローレンスがそれに応えるように語ります。その後ストリングスの
テーマが現れ、シモンズ・ドラムのロールが入ると、突然TB-303のビートのみに
なるブレイクがあり、そのビートにもエディットが入ります。その後は
インスト中心に曲は流れ、ストリングスが再び盛り上がった後ハンドクラップが
連打され、突然リズムが抜けてピコピコのシンセ音のみで終わります。

この曲はイントロから終始鳴っているTB-303のビートが肝で、アメリカの
黒人たちにもウケが良かったようです。この部分はエジプシャン・ラヴァーの
"Livin' On The Nile"のリミックス
や、Dr.ドレ&アンノウン・DJの変名ユニット、
テレシスのアルバムでもサンプリングして使用されていました。またシカゴや
デトロイトのクラブでも頻繁にプレイされて、この後'80年代後半に流行する
アシッド・ハウスの原型になったと評価しているところもあります。

ニュー・オーダーの「コンフュージョン」が白人のロック畑の聴衆に
エレクトロ・サウンドを一般化させたのとは逆に、この曲はロック・グループの
音がエレクトロ好きの黒人たちの間に浸透していったという、珍しい例なのでした。






エジプシャン・ラヴァー"Livin' On The Nile(Extended Club Re-mix)"




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Death Comet Crew"At The Marble Bar"(Beggars Banquet BEG 130T)1985

deathcometcrew.jpg

デス・コメット・クルーは以前ドミナトリックスで紹介したスチュアート・
アーガブライト(本作ではS.Arbrightと表記)が、ドミナトリックスの後'84年に
NYで結成したグループ。他のメンバーはギターのマイケル・ディークマン、
日本人ベーシストのシンイチ・シモカワ(漢字は不明です)でした。

彼らはNYのダウンタウンのアート・シーンで活動してきた人たちで、本来は
パンク~ノー・ウェイヴにジャンル分けされるようなタイプですが、'80年代
初頭の頃にはヒップホップに新しい音楽の息吹を感じるところがあったのでしょう。
ポスト・パンクにファンク~ヒップホップ~エレクトロを混ぜ合わせたような
音楽性のこのシングルを'85年にイギリスのベガーズ・バンケット・レーベルから
発表しています。当ブログでふだん紹介しているようなブラック・ミュージック
周辺からとは違う流れになるわけですが、ヴィンセント・ギャロが同じ頃に
ラッパーとして活動していたり、ブロンディやトム・トム・クラブが曲の中で
ヒップホップ・アーティストを誉め称えていたりしたことを考えると、案外と
両者はNYでは違和感なく共存/活動していたのかも...と思ってしまいます。
そう言えば映画「ワイルド・スタイル」のテーマ曲を作ったのもブロンディの
ギタリスト、クリス・スタインでした。

スチュアートと共同でプロデュースしているケネス・ロッキーはドミナトリックスにも
関わっていたイギリス人(元カウボーイズ・インターナショナル)。また、ゲスト・
ヴォーカリストとして、ラメルジーが参加しています。'83年に行われた
シルビア・メンゼル・ギャラリーで行われたグラフィティー・アート・ショウで
スチュアートとラメルジーが出会って意気投合し、今作の参加に至ったとのこと。

"At The Marble Bar"は全4曲入り。タイトル曲はアップ・テンポの打ち込みのビートに
シャノンの"Let The Music Play"を意識したようなシンセ・ベースのシーケンスが
絡み、ストリングス・シンセが緊張感を煽るフレーズを繰り返す中を、ラメルジー~
スチュアートの順にラップしていきます。ところどころでサンプリングしたノイズが
入れ込まれたりもしますが、きちんとしたメロディや転調もあるかなりポップな
曲です。

よりヒップホップ度が高いのはB面の"Exterior St."で、ハンマー・ビートと
ファンキーなエレクトリック・ベースがループ状に繰り返される中をラメルジーが
単独でラップします。こちらにもサンプリングやギターのノイジーな音も入って
いるのですが、リズム隊とラップが前に出ているのでややマシな印象です。
ラメルジーのラップは本職のラッパーに比べるとリズムのキレが今イチに
思えますが、A面のスチュアートのラップのヨレヨレ具合に比べると押しの強さ、
ドスの効いた感じは様になっています。

比較してみると、ブラック・ミュージック畑の本来の(?)ヒップホップ~エレクトロは
もっと音に間があり、ファンキーなボトムが強調されていて、やはりクラブで聴いて
踊るための音楽としての機能はこの曲より上だよなあと思ってしまいます。
まあこの人たちは白人の中でもかなり特殊なタイプではあると思いますが...
デス・コメット・クルーは'80年代後半まで活動した後自然消滅し、メンバーは
ソロに転じて映画やビデオ用の録音を行ったり、時に何度かコラボしたりを
繰り返しながら現在も活動中です。









Fearless Four"It's Magic"(Enjoy ER 6024)1982

fearless4magic.jpg

"It's Magic"は'82年にリリースされたフィアレス・フォーのデビュー・
シングル。彼らの経歴に関しては以前"Something New"を紹介した際に
書きましたので、そちらをご参照ください。

エンジョイ・レーベルの常でプロデュースはオーナーのボビー・ロビンソンと
クレジットされているのですが、実際にバックの演奏を行っているのは
パンプキンことエロール・ベドワード。彼のドラムを中心にギター、シンセ・
ベース、パーカッションにキーボードも加わった生演奏で構成されています。
この曲はキャット・スティーブンスが'77年に発表したエレクトロの古典
"Was Dog A Doughnut?"をモチーフにしているのですが、作曲者の
クレジットが一切無く、同レーベルの雑な運営ぶりも物語っています。

男性のナレイションがアラビアン・ナイト風な曲の世界を紹介し、
ファンキーな生ドラムのビートにパーカッションと観衆のガヤが絡んで
スタート。メンバーが集団ラップを始め、キーボードとシンセ・ベースが
"Was Dog~"のそれを模したラテン風のリフを繰り返します。短くドラム・
ブレイクが入った後は各ラッパーのソロ・パートに入り、キメの部分では
全員で名前を呼んだり、ガヤを入れたりしつつ曲が進みます。徐々に
リズム・ギターやパーカッションの音量も上がって音が厚くなり、終盤は
観客に"It's Magic"と叫ばせたり、ヴォーカルに軽くダブ処理が入る遊びが
入って、メンバーの曲名連呼でフェイド・アウト。

まだ生演奏中心ではあるものの、この時点でこのネタ使いは鋭い。同じ年の
セカンド・シングル"Rockin' It"では、クラフトワークの"The Man-Machine"を
使って、彼らも「プラネット・ロック」に対抗した(?)エレクトロ路線を
走っていくことになります。彼らの場合、トラックはエレクトロでも
ラップはオールドスクール直系のパーティ・ラップで盛り上がるスタイルを
貫いていたのが強みであり、その後はそれが古臭く聞こえてしまう原因にも
なってしまうのでした。個人的には大好きなのですが...




キャット・スティーブンス"Was Dog A Doughnut"





Pacific Side Rappers"O.G.Move"(Rap Session 5031)1984

pacificsiderappers.jpg

パシフィック・サイド・ラッパーズは'84年にこのシングル一枚だけを
リリースしているナゾのグループ。中心メンバーは作曲者のスタンリー・
ウィリアムズのようです。

スタンリーの詳しい経歴は不明なのですが、この後'86年には
デボネア・ディメンション(Debonair Dimension)という4人組の
ヒップホップ・グループを結成し、"Sound Attack"、"World War Jam"という
2枚のシングルを残しています。この頃までは西海岸を拠点にしていたようですが、
'80年代後半にはシカゴのハウス系レーベルSROのプロデューサーに転身し、
同レーベルで4枚のシングルを制作。そのうちの一枚、アシッド・ハウスの名曲
ピエールズ・ファンタジー・クラブの"Fantasy Girl"は、彼の関わったものの中でも
いちばん有名な曲かもしれません。その後は'90年代にプロデューサー/ミキサーとして
ハウス系の2枚のシングルに関わった程度。

"O.G.Move"のプロデューサーとしてクレジットされているのは
ジョーイ・ジェファーソン。彼は自身のレーベルMutt & Jeffを中心に、'70年代
前半から西海岸で活躍してきた知る人ぞ知るプロデューサー。ジャズ・ギタリストの
カル・グリーンとの繋がりが強く、カルのギターを中心に据えた自己名義のグループ、
ジョーイ・ジェファーソン・バンドでもアルバムを2枚残しています。'80年ごろ
までは主にジャズ~フュージョン系のレコードをプロデュースしていましたが、
'80年代に入るとファンクやヒップホップにも関わるようになり、Mutt & Jeff傘下に
ヒップホップ専門のラップ・セッションというレーベルも興しています。今回の
シングルは同レーベルの第一弾リリースです。

イントロでは映画「ジョーズ」のテーマを模したようなストリングス・シンセが
鳴っているのですが、それを打ち消すようにディレイのかかったDMXのビートが
入ってきて、ブニョーとウネるシンセ・ベースも加わります。そこでメンバーの
集団ラップがスタート。メンバーが全くクレジットされていないのですが、
ラッパーは4名いるようで、彼らが掛け合い/ハモりを繰り返しながら曲が進んで
いきます。ファンキー・4+1に通ずるスタイルでなかなかカッコ良いです。
中盤でブレイクが入り、あまりうまくないスクラッチがシャカシャカと繰り返された
後は再び集団ラップに戻り、全米各地に向けてシャウト・アウトして終了。

西海岸産とは思えない、オーソドックスな掛け合いラップがシンプルなエレクトロの
トラックに載っている佳曲。エジプシャン・ラヴァーアンクル・ジャムズ・アーミー
一派とは違う流れにも、西海岸のヒップホップ/エレクトロがあったことがわかります。
おそらくこのグループが発展してデボネア~になったのでしょうが、後につづく
グループが現れなかったのが残念です。

プロフィール
クロい音楽全般が好きなのですが、 ここではエレクトロとオールド・スクールの アナログ盤に絞って紹介していきます。

KDMX

Author:KDMX

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