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Midnight Star"Freak-A-Zoid"(Solar 67919)1983

midnightstar.jpg

ミッドナイト・スターはオハイオ州シンシナティを拠点に、現在も活動する
ファンク・バンド。以前ローヤルキャッシュを紹介した際にも書きましたが、
今回はもう少々詳しく経歴を書いてみます。

グループの結成は'76年。ケンタッキー州立大の学生だったレジナルド(レジー)・
キャロウェイ(トランペット)、ベリンダ・リスコム(ヴォーカル)、ビル・シモンズ
(サックス/キーボード)、メルヴィン・ジェントリー(ドラム/ギター)、
ボー・ワトソン(キーボード)、ケネス・ギャント(ベース)、ジェフリー・
クーパー(ギター)の7人で活動を開始します。更にレジーの弟のトロンボーン奏者
ヴィンセント・キャロウェイも加わり、グループは地元のシンシナティや
ケンタッキー、ミシガン等の中東部周辺でライヴを重ねて徐々に人気をつけて
いきます。

ライヴと同時にデモ・テープも録音してレコード会社に送ったりもしていたのですが、
これといった反応も無かったため、グループは意を決してNYに赴き、ナイトクラブで
パフォーマンスを行ったところ、その模様が関係者を通じてソーラー・レーベルの
オーナー、ディック・グリフィに伝わり、同レーベルと契約を結ぶことになります。
'80年にはジャズ・ドラマーのハーヴェイ・メイソンのプロデュースでデビュー・
アルバム"The Beginning"を発表。ハーヴェイの色もあるのでしょうが、この頃は
ファンキーな曲よりもミディアム~スローでのメロウな味わいに特色を持つ音でした。

セカンド・アルバムの"Standing Together"ではソーラーの常連プロデューサーだった
レオン・シルヴァースを迎えてE,W&Fの影響濃い洗練されたディスコ・サウンドに
変貌、'82年のサード"Victory"ではブーツィ・コリンズをゲストに迎える等ファンク度を
強めていきます。同時にリーダー格のレジーが成長し、以降の作品は彼を中心とした
セルフ・プロデュースで発表されていきます。

ここまでの作品は、シンセ類も使いつつも基本的にはE,W&FやP-ファンクの影響を
受けた生演奏でのファンク・サウンドが中心で、グループ自体ももうひとつブレイク
出来なかったのですが、転機となったのが今回取り上げたシングル"Freak-A-Zoid"。
レジーがイニシアチブを取り、打ち込みを中心としたエレクトロ・サウンドを
展開しています。

冒頭からヴォコーダーが"Freakazoids...Robots...Please Report"等と語り、つづいて
DMXのビートと単音を繰り返すシンセ・ベース、ピコピコのシンセ音等が加わる中、
ヴォコーダーが唄います。女性を中心としたコーラス隊がメインのリフを繰り返し、
更に1分ほど唄った後、ストリングス・シンセとヴォコーダーが順にソロを長めに取り、
ドラム・ブレイクへ。ダブ処理された叫び声が何度か響いた後、ドラムのみを
バックにヴォコーダーが"We Are Midnight Star~Yes We Are,We Got Freakazoid Robots"
等と唄います。この部分から聴くと、普通のR&B系グループとは思えないSF度/ロボ度の
高い音でかなりカッコイイ。その後はロボ声と女性が会話したり、シンセやヴォコーダーの
アドリブでのソロが繰り返されてフェイド・アウトします。

ドラム・ブレイク以降のややアヴァンギャルドな展開が印象的。この曲がR&Bチャートで
2位まで上昇する大ヒットとなり、彼らも人気グループになっていくのでした。また、
ザップ/ロジャーと並んで、この曲はR&B系グループがエレクトロ/ヴォコーダー・
サウンドを取り入れる(ザップはヴォコーダーじゃなくてトーク・ボックスですが)際の
お手本になっていった気がします。検索してみたら、当ブログでも音の説明の例として
3回挙げていました。





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Disco 3"Fat Boys/Human Beat Box"(Sutra SUD 024)1984

fatboys.jpg

ディスコ・3はブルックリン育ちの友人3人-プリンス・マーキー・ディー(
本名マーク・モラレス)、クール・ロック・スキー(同デイモン・ウィムブリー)、
バフ・ラヴ(ダレン・ロビンソン)-によって結成されたグループ。マーキー・
ディーとクール~の2人がMCで、バフ・ラヴはヒューマン・ビート・ボックス(以下HBB)の
(専任の)担当でした。

バフ・ラヴはダギー・フレッシュと並ぶHBBのオリジネイターとして知られています。
彼は子供のころ、ドラム・セットを欲しがったのですが両親から許されず、仕方なく
自分の口でドラム・ビートの真似をしているうちにこの技を思いつき、ひとりで
様々な修練を重ねるうちにあの独特なスタイルに至ったとのこと。バフ~の他に、
ズバリ"ザ・ヒューマン・ビート・ボックス"というニックネームも使っています。

当初は仲間内や地元のクラブ等でパフォーマンスを行っていたのですが、'82年に
コカ・コーラとティン・パン・アップル・レコードが主催してラジオ・シティ・
ミュージック・ホールで行われたラップ・コンテストに出場して見事優勝。その
賞品としてストラ・レーベルとの契約を得てレコード・デビューが決まります。
因みにこの時の準優勝の商品はオーディオ・セットだったのですが、彼らは
そちらの方が欲しかったため、優勝と聞いてかなりガッカリしたそう。

さっそく彼らはスタジオ入りして翌年にはデビュー・シングルの"Reality"を
発表。ロイ・エアーズのバンド出身のキーボード奏者のジェイムズ・
メイソンがプロデュースしているのですが、バフ・ラヴのHBBの魅力があまり
生かされておらず、ヒットには至りませんでした。その後彼らはヨーロッパ・
ツアーを行ったのですが、その際に彼らのあまりに旺盛な食欲&体型を皮肉った
マネージャーが彼らを「ファット・ボーイズ」と呼んでいたのをヒントにして
作られたのが今回のシングルです。

プロデュースには既にスウィート・Gやラヴバッグ・スタースキーをヒットさせていた
カーティス・ブロウが起用され、ドラム・プログラムはデイヴィ・DMXが、
エンジニアリングはフレッシュ・3・MCズの際に紹介したデイヴ・オグリンが
担当しています。

女性コーラスが"Fat Boys~"と曲名を繰り返した後、DMXがヘヴィなドラム・ビートを
刻みだし、同時に二人のMCが入ってきます。彼らが軽くラップした後、ドラム・
ブレイクと共にHBBが炸裂。太いシンセ・ベースも加わったところで二人が
掛け合いラップを始めます。ところどころでオーケストラ・ヒットやドラムが
重低音化するアクセントが加えられ、サビではイントロの女性コーラスが再び現れます。
つづいてMCがソロでラップし始め、彼らが如何にして聴衆をロックさせるかを
自慢げに語った後、再びHBBのソロへ。言葉で説明するのはもどかしいですが、
「ブー」とか「ハー」とかの口から出す音や舌打ちで組み立てているだけなのに、
音色や音の高低でちゃんと音楽として成り立たせてしまっている部分には
今更ながら感心します。その後はラップ/HBB/コーラスが順に短く繰り出されて
フェイド・アウト。

更に2曲目にはダメ押し的に"Human Beat Box"も収録。こちらは楽器類が一切入らず、
バフのHBBによるビートのみをバックにして二人が掛け合いラップを聴かせる内容で、
彼らの素の魅力を伝えてくれます。

HBBが鳴る部分では必ずトラックをドラムのみにして音を際立たせたり、HBBの
音自体にもエコーやディレイ等のエフェクトをかける等、ブロウのアレンジャー/
プロデューサーとしての技も光っています。この曲の大ヒットをうけて彼らは
グループ名自体もファット・ボーイズと改名、次のシングル"Jailhouse Rap"では
ポップ・チャートでも上位に食い込む等、人気者になっていくのでした。見た目/
名前/HBBと、キャラがしっかり立ったのが良かったんでしょうね。彼らは
エレクトロ云々というより、ノヴェルティ・タッチのコミカルさが持ち味だとは
思いますが、どこか憎めない味があってつい聴いてしまいます。


fatboys_skinny.jpg
デビュー当時('83年ごろ?)。プリンス・マーキー・ディー(右端)はそんなに
太っていなかった?





fatboys-large.jpg
'88年ごろ。いつの間にやら全員「100メートル離れて見てもわかるデブ(失礼)」に...
ニシキヘビ巻きつけても、凄みを感じるというよりギャグにしか見えないです。










Ice-T"Cold Wind-Madness"(Saturn SAT 1002)1983

icet.jpg

アイス-Tことトレイシー・マーロウは'58年、ニュー・ジャージーでの生まれ。
9歳の時に母親を、12歳の時には父親を亡くし、叔母を頼って西海岸のLAに
移り住みます。当時彼と一緒の部屋で暮らしていたいとこがヘヴィ・メタル好きで、
トレイシーが最初に興味を持った音楽はメタル系だったとのこと。

中学~高校と進学するうちに、トレイシーはサウス・セントラル周辺の黒人の
生徒たちと仲良くするようになり、ブラッズ・アンド・クリップスという
ギャング達とも関わるようになります。ブラッズとクリップスは各々対立している
団体で、トレイシーはクリップスに所属。この頃彼は伝説的なピンプ出身の
作家、アイスバーグ・スリムの著作を読み、彼の作品に影響を受けた詞を
仲間たちと共にライミングしていたそうです。

クリップス時代には葉っぱを売り捌いて金を稼ぐ等、ハスラー生活を送っていた
ようですがその後改心して陸軍に入隊、従軍時にシュガーヒル・ギャングの
「ラッパーズ・ディライト」に衝撃を受け、自らもラップを試みるのですが
当時のレコードのバック・トラックと自分のライム・デリヴァリーがマッチせず、
いったんは諦めてしまったとのこと。

除隊後はギャング達とは距離を置き、従軍中にハワイで購入した機材を使って
DJ業を開始。アイスバーグ・スリムの名にならって芸名はアイス-Tを名乗るように
なりますが、ある日パーティでDJを行っていると、DJよりもラッパーに注目が集まる
ことに気付いて再びラッパーへの意欲が高まります。その後ガールフレンドとの
破局を経てギャング稼業も再燃、地元のクラブでラップをやりつつも犯罪にも
関わっていたのですが、交通事故で入院中にギャングとは完全に手を切って
ラッパーとしてやっていくことを決意します。LAで行われたカーティス・ブロウ
審査員をつとめるオープン・マイク・コンテスト等にも出場し、地元では徐々に
名を知られる存在となっていきました。

'83年にアイス-Tはサウス・セントラルのVIP・レコード・ストアを訪れ、オーナーの
クレタス・アンダーソンにアピールして店内にある小さなスタジオでレコーディングを
行います。作品を気に入ったクレタスは彼と正式に契約を結び、彼のレーベル、
サターンからキャプテン・ラップに次ぐアーティストとしてレコード・デビュー
することになります。

プロデュースはサターンのもう一人のオーナーであるウィリー・ストロングと
クレジットされていますが、実際の演奏を担当したのはダニエル・ソファーと、
ザ・タイムから独立したばかりだったジミー・ジャム&テリー・ルイスでした。

風音のSEにつづいて生のドラムがミディアム・テンポのビートを刻み、ピコピコと
循環するシンセ、ところどころでアクセントを加えるシン・ドラムをバックに
OBXのシンセ・ベースが1分ほどソロを取り、その後アイス-Tのラップがスタート。
「17歳の頃からこんな生活だぜ...」と彼流のギャングスタ・ライフを語ります。
ところどころで子供や女性の声色も使いつつ、サビではシンセ・ベースが長くソロを
取り、再びTのラップ~という流れが何度か繰り返され、終盤にファンキーなリズム・
ギターのソロが入ってそれと共にラップが流れてフェイド・アウトします。

シンセ類も入ってはいるのですが、ドラムが生でテンポもゆる目なせいか今ひとつ
ピリッとしない出来です。この人はギャングスタ色をもっと強く出し、音もハードに
なった後のほうが面白い。最近はすっかりB級アクション映画の常連役者に
なってしまいましたが...





Terry Burrus Ninety Nine"Mighty Mouth-(Va Voom)"(Bee Pee BP255)1983

terryburrus.jpg

テリー・コーリー・ビューラスはNYのブルックリン生まれのキーボード奏者/
プロデューサー。生年は不明ですが'60年前後と思われます。一般的には
'90年代に入ってデフ・ミックス・プロダクション入りして、フランキー・
ナックルズやデイヴィッド・モラレスのリミックス曲にてハウスの曲に特徴的な
ピアノのリフレインを弾いていた人、というイメージが強いですが、元々は
クラシックやジャズを学んでいたようです。

5歳の頃からピアノとオルガンを学び、7歳で地元のワシントン教会でオルガン奏者に
雇われるまでになっていたテリーは、ジュニア・ハイスクールでは楽隊に入って
ギターとピアノを担当します。その後音楽の専門校に入学して編曲や対位法を学び、
16歳の頃にはジャズ・ギタリストのミハウ・ウルバニアクやフィリー・ソウル系
シンガーのジーン・カーンのツアーを経験。さらにレニー・ホワイト、メルバ・
ムーア、トム・ブラウン等NY周辺のジャズ/ソウル系ミュージシャンのバックを
つとめます。'81年ごろからはスタジオでのレコーディングにも関わるようになり、
トム・ブラウン、ボビー・ブルーム等の作品に参加。ハイスクール時代の仲間だった
この辺のミュージシャン~オマー・ハキム、マーカス・ミラー、バーナード・ライトら~
との繋がりが強かったようです。

'83年にはマーカスのプロデュースで初のソロ・シングル"Love Rockin'"を発表。
この曲はマーカスのスラップ・ベースが唸るディスコ・タッチのインストでしたが、
同年に出した今回のシングルではエレクトロ寄りのアプローチを見せています。
共同プロデュースをつとめるバーナード・トーマスはこのBee Peeレーベルの一連の
シングルやザキアのヴェリチェリ等も手掛けた人物で、本来はジャズ/フュージョン畑の
テリーの作風をうまくエレクトロ化させたのはこの人ではないかと思われます。

スタートと同時にDMXがアップ・テンポのビートを刻み、シンセ・ベースがブニュンと
唸ります。エレクトロ感を強調するピコピコのシンセ音をバックにテリーが
フワフワしたシンセのソロを聴かせた後、太い声の男性のナレイションが主人公の
マイティ・マウスを紹介し、P-ファンク風のコーラスをバックに男性(テリー?)が
唄って曲が進んでいきます。サビではヴォコーダーがジョージ・クリントン"Atomic
Dog"からパクったようなフレーズを唄い、コーラス隊が"You Gotta Mighty Mouth-
Va Voom!"と曲名を繰り返します。その後はここまでの繰り返し~終盤でテリーの
アドリブでのシンセ・ソロへ流れ、コーラスのリフでコーダになります。

早めのBPMにP-ファンクを意識したコーラス/ヴォコーダー、そして主役のテリーの
キーボード・ソロ...という曲。悪い出来ではないけれど、どこか食い合わせが
良くなくてちぐはぐな印象です。この後テリーはしばらくソロでの作品を控え、
ハウス寄りに活動範囲が変わってから復活することになります。


Ronnie Gee"Raptivity"(Reflection PT 7002)1980

ronniegee.jpg

ロニー・ジーはNYのリフレクション・レコーズを拠点に'70年代末~
'80年代半ばにかけて活動したラッパー/プロデューサー。詳しい経歴は
不明ですが、本名はロナルド・ゴードンと言い、レコード化されている
初仕事はロニー・G&SM・クルーのシングル"A Corona Jam"('79年)での
ソングライターからになります。翌年に今回のシングルでソロ・デビューし、
'83年にはヴォコーダー・ファンクの名曲G-フォースの"Feel The Force"
ゲスト参加、同年にはレゲエ・シンガーのジョージ・ヌークスと組んで
アレンジを手掛け、'86年にはクラック禍をテーマにした"Crackstreet"を
発表...など、マイナーながらしぶとく活動を続けてきた人です。ラッパーで
ありつつ、作曲やアレンジの才もあるところが息の長さに繋がっている
のでしょうか。

先に書いたように今作は彼のソロ・デビュー・シングル。レーベルの
リフレクションは'79~'80年のわずか2年間の間に20枚以上のシングルを
出していたソウル/ディスコ系の会社で、彼も同レーベルのスタッフとして
何枚かのシングルに関わっています。アレンジャーのデイヴ&デニスの
ウィリアムズ兄弟はオージェイズやジーン・カーン等、フィラデルフィアの
ソウル・シーンと関わってきたドラマー&キーボード奏者。エグゼクティヴ・
プロデューサーとしてクレジットされているジョー・ウェッブはこの後
ニュークリアスを手掛けて有名になる人です。

この後「声ネタ」としてさまざまなレコードでサンプルされることになる
"Warning! The Surgeon General Of Chilltown New York..."というロニーの
語りからスタートし、つづいて生ドラムがミディアム・テンポのファンキーな
ビートを刻みだし、ドラムのみをバックにロニーがラップをスタート。
ややハスキーな声質で、強くアクセントを付けるオールド・スクール独特の
スタイルです。エレクトリック・ベースとハンド・クラップ音が加わる中、
ロニーがよどみ無くラップを続けていき、更にエレピも加わって音が厚く
なったところで観衆のガヤが入り、短くドラム・ブレイク~ガヤの後また
ロニーのラップに戻ります。この後はここまでの流れの繰り返しで、
ところどころで"Yes, Yes Y'All,You Don't Stop"といったルーティンを
入れつつ、サビではコンガやリズム・ギターがソロを取り、再びロニーの
ラップ~というパターンを何度も繰り返して11分以上の曲が終わります。

'80年という時期なので当然ですが、「ディスコ・ラップ」の典型の
ような曲。曲の長さもあって「ラッパーズ・ディライト」の影響をモロに
感じさせます。マイナー・レーベル物にしてはなかなか良く出来た音で、
この辺はウィリアムズ兄弟のアレンシが効いている気がします。





プロフィール
クロい音楽全般が好きなのですが、 ここではエレクトロとオールド・スクールの アナログ盤に絞って紹介していきます。

KDMX

Author:KDMX

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