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Synergy "Project 5" (Time Trax TT 001) 1983

synergy.jpg
シナジーはこのシングル一枚しかリリースしていない謎のグループ。
タイム・トラックスはオハイオを拠点にしたレーベルですが、全部で
5枚のシングルしか出ておらず、活動の実態はよくわかりません。
3人いる作曲者のうち、M.チャップマンというのはこの後マイク・ナイスの
名義でMCチルやジャーネイのレコーディングに関わっている人。
T.トーマスことトレント・トーマスも上記2組の作品に参加しています。

プロデューサーのレイ・ラフィン・Jr.はMCチルのほか、変態ディスコ・
エレクトロのセクシャル・ハラスメントや、タイム・トラックスの別
グループ、コールド・クルー(Kold Krew)も手がけているのですが、
詳しい経歴はやはり不明。これらを重ね合わせると彼らはスタジオ・
ミュージシャンによる架空のグループではないかと思います。

ちょっとサイケな感じもあるグニャグニャしたシンセのフレーズから
始まり、あまり加工してないDMXのビートをバックに、サイレン音と
ヴォコーダーのヴォーカルがスタート。「プラネット・ロック」タイプ
のストリングス・シンセが繰り返し鳴り、シン・ドラムやスネア乱打の
後、各種シンセがソロを取って進行していきます。ラップは無く、
エレクトロと言うよりはヴォコーダー・ファンクと形容した方が
良さそうな曲です。DMXとシンセ・ベースの絡みも同時期のファンク・バンドの
流れを引きずっている気がします。

個人的には「ローカルなエレクトロ作品にしては出来のいいほう」ぐらいの
印象の作品なのですが、海外のエレクトロ好きの間ではカルト的に評価が高く、
人気投票のような際には必ず上位に挙げられる曲です。比較的レアな盤なので
それが却って評価を高めているような感もあります。


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Royalcash "Radio Activity" (Sutra SUD 016) 1983

royalcash.jpg
ローヤルキャッシュはプロデューサー/ミュージシャンのダリル・キャッシュによる
プロジェクト。この曲を含め2枚のシングルをリリースしています。前のシングル
"Space Traveller"やこの後にダリルがプロデュースしたVideeoの曲を聴いた感じでは、
唄ものR&B系のミュージシャンのようです。レーベルのストラはNYを拠点にする会社ですが、
このレコードはおそらくオハイオでの録音です。

コ・プロデュースはミッドナイト・スターのレジー・キャロウェイ。彼は弟のヴィンセントと
共にケンタッキー州立大在学中の'70年代半ばにグループを結成し、その後ソーラー・レーベル
との契約を獲得。当初は割とオーソドックスなファンク/ディスコとバラードを演奏していましたが、
'83年のアルバム"No Parking On The Dance Floor"では打ち込みを大胆に導入したエレクトロ
路線に転換。シングル・カットの"Freak-A-Zoid"はエレクトロ好きからも愛好される
ヴォコーダー・ファンクの名曲です。

今回のシングルも"Freak~"とほぼ同時期に制作された曲。DMXのドラムと低いところで
うねり続けるシンセ・ベースに、ワルそうな男性ヴォーカルが"Let's Jam,Let's Jam
Radioactive"と繰り返した後、ちょっとヌメッとした別の男性シンガーが歌い出します。
一瞬クイーンの"We Will Rock You"のフレーズが飛び出したり、ヴォコーダーのヴォーカルが
入ったり、ギター・ソロが入ったりと、基本のトラックがシンプルな分、色々なソロで
曲に緩急をつけています。ヴォーン・メイソンの"Bounce,Rock,Skate,Roll"にちょっと
似ているエレクトリック・ファンクと言えばいいでしょうか。

この曲は、翌年にラッパーズ・ラップからMC Fosty & Lovin Cというデュオがカヴァー・ラップを
発表したりしているので、いつの間にか「エレクトロの曲だ」と勝手に思い込んでいましたが、
いま聴いてみるとヒップホップ色は薄く、あくまで唄モノの曲だったなあとちょっと
ガッカリしてしまいました...





The Micronawts "(I Can Do It...You Can Do It)Letzmurph Acrossdasurf" (Tuff City TC 0002) 1983

micronawts.jpg
マイクロノウツはバリー・マイケル・クーパーによるプロジェクト。
マンハッタン出身の彼はもともと評論家/ライターだった人で、'79年に
「ヴイレッジ・ヴォイス」誌にP-ファンク関連の記事を書くことから
キャリアをスタート、同じころ話題になり始めていたヒップホップ/ラップ
にも注目していきます。

当時のバリーはシックやキャメオ、P-ファンクといったファンク/ディスコ・
ミュージックに入れ込む一方で、クラフトワークのようなエレクトリック・
ミュージックも気に入っていたそうで、それらの音楽を違和感なくプレイする
DJハリウッドのクラブ・プレイに共鳴し、またまっとうな音楽教育を受けていなくても
音楽を作り出すことが出来る状況を感じ取って、自身も音楽活動を始めることを
決意します。

彼は当時の相棒だったスミッティというジャマイカ人とハーレムのスタジオで
録音を開始。お手本にしていたのはクラフトワークとアフリカ・バンバータでした。
当時の作品はテレトロン(Teletron)、ビーチ・ボーイ、マキシマス・スリー等の
名義で発表していたようですが、ヒットには至らず。最後にジャーナリスト仲間
だったアーロン・フュークスが設立したタフ・シティ・レーベルから出すことに
したのが、今回のマイクロノウツです。Discogs等で彼らのディスコグラフィを見て
みると、"Smurf Across The Smurf"と今回の"Letzmurph~"の2枚が載っていますが、
両者は同じ曲です。

TR-808のビートにプリセットそのまま臭い音色のシンセ・ベースが乗り、マリンバ風の
シンセがテーマを奏でる中、ピッチを変えたチップマンクス風のヴォーカルが
「波にのってスマーフしようぜ!」と唄う、どこか可愛らしい曲。後半は
コンピューター・ゲームのSEを思わせるシンセがピュンピュンと現れては消えて
いきます。この辺はミックスを担当したアフリカ・バンバータの仕業でしょうか。
ユーモアとセンスの良さが感じられて、エレクトロ好きの間では今も愛される
一曲です。

バリーはこの後はライター/作家業に専念し、映画「ニュー・ジャック・シティ」や
「アバヴ・ザ・リム」等の脚本を担当。「ニュー・ジャック」という言葉は彼の
発明とも言われています。

なお、上に挙げたバリーの作品は、'95年にタフ・シティから"Old School Rarities-
The Electro Jams"というオムニバスにまとめられましたが、今回の曲以外は
かなりアマチュアぽい出来でタイクツです...






The B Boys "Two,Three,Break" (Vintertainment VTI 001) 1983

bboys23.jpg
B-ボーイズはブロンクス出身の3人組。メンバーはドナルド・Dとブラザー・Bの
二人がMC、そしてDJがチャック・チルアウトです。彼らの経歴に関しては
既にDJボーン・シュープリーム・アラーの時に書いてしまったので、そちらを
参照して下さい。

"Two,Three,Break"は'83年に発表された、彼らのセカンド・シングル。先の
DJボーン~のシングルの前編的な内容で、ガイ・ヴォーン(元フライ・ガイズ)
がプログラムしたドラム・マシーンのビートをバックに、4つのパートで
各2曲ずつがスクラッチされていきます。各々で使用されている曲は

最初のパート:
セローン"Rocket In The Pocket"
トラブル・ファンク"Pump Me Up"

2番めのパート
ジュース"Catch A Groove"
マジック・ディスコ・マシーン"Scratchin'"

3番めのパート
コモドアーズ"Assembly Line"
ヴォーン・メイソン&クルー"Bounce,Rock,Skate,Roll"

4番めのパート
ザ・ソウル・サーチャーズ"Bustin' Loose"
?"?"(不明)・・・・・フレーズ短かすぎて判別出来ず

となっていて、各々のパートの間に"Two,Three,Break!"と
掛け声が入って曲としての構成が作られている感じです。

DJボーン~のものより更にシンプルな作りですが、このコスリこそが
ヒップホップの美学、グルーヴの気持ち良さをインストで表した名曲と
言っていいでしょう。チャック・チルアウトがソロ名義で翌年に発表した
"Hip Hop On Wax-Volume 1"も同じような作りなのですが、針を落とすと
やはり「カッコイイ...」と思ってしまう...これはヒップホップ・ファンの
踏み絵ですね。


Twilght 22 "Electric Kingdom" (Vanguard SPV 68) 1983

twilight22.jpg
トワイライト22はサンフランシスコで活動していた、白人ゴードン・バハリーと
黒人ジョーゼフ・サルターのデュオ。作曲とプロデュースは全てゴードンが
行っており、彼のプロジェクトと言っていいでしょう。

ゴードンは16歳の時、スティーヴィ・ワンダーの"Songs In The Key Of Life"の
レコーディングに同席し、そこで彼の才能を見抜いたスティーヴィは次作の
"Journey Through The Secret Life Of Plants"でシンセのプラグラマーに起用します。
また、ハービー・ハンコックの"Feats Don't FailMe Now"の録音にも参加し、
ここでハービーを通じて知り合ったのがドラマー兼ヴォーカリストのジョーゼフ。
当時のジョーゼフはLAのリズム・イグニッションなるバンドのドラマーとして
活動していたのですが、モータウンとの契約が流れてしまい、そこから二人が
トワイライト~として活動していくことを決めたそうです。

「エレクトリック・キングダム」は'83年にリリースされた、彼らのセカンド・シングル。
エキゾチックなシンセとティンパニが鳴り響くイントロから一転して、「プラネット・ロック」
そっくりなTR-808とシンセ・ベースをバックに男性ラップがスタート。サビではヴォコーダーが
タイトルを唄い、シンセが中近東風のフレーズを繰り返します。MCポッピンのラップのスタイル
といい、シンセのタイミングといい、これもまた「プラネット~」チルドレンのひとつと
言っていいでしょう。

アルバム"Twilight 22"(Vanguard VSD 79452)では、同様なエレクトロ路線の曲
"Siberian Nights"も演っていますが、それ以上に目立つのはオーソドックスな歌もの
ソウル・ナンバー。履歴からもわかるように、彼らはこれ以前にもスタジオ・ミュージシャン
としての経験もあり、自分たちなりのブラック・ミュージックをコンピューターと
シンセで作ってみた、エレクトロはその中のひとつのパターン、ぐらいの位置づけ
なのでしょう。

もともとエレクトロ路線の曲しか知らなかったので、初めてアルバムを聴いた時に
以前ブギー物のコンピで聴いた記憶があるB-2"Mysterious"が飛び出した時は
ギョッとしました(笑)。





Time Zone "The Wildstyle" (Celluloid CEL 165) 1983

timezone.jpg
タイム・ゾーンはアフリカ・バンバータがセルロイド・レーベルで
さまざまなコラボを行う時のプロジェクト名。バムが中心に居れば
他に誰が参加していてもOKのようで、この後の作品では参加している
面子も全く違います。セルロイドではこの他にシャンゴという名義も
使っていますが、ファンク/ヒップホップの基本に割と忠実な音の
ときにはシャンゴを、ややロック寄りというかアヴァンギャルドな音の
時はタイム・ゾーンの名義を使用しているようです。

"The Wildstyle"はタイム~名義での初のシングル。この時のコラボ相手は
ドイツのテクノ/ロック系のグループ、ワンデルヴェルケ(Wunderverke)です。
彼らの経歴は全くわからないのですが、バムは彼らのことをヴィサージの
ラスティ・イーガンの紹介で知ったとのこと。バックの演奏はワンデルヴェルケが
担当し、そこにセルロイド関連の常連であるB-サイド、アマッド・ヘンダーソンらの
ラッパーが参加したつくりです。バムはラップのほか、バーナード・ゼクリ
(この人もセルロイド系のスタッフ)と共にプロデュースを担当。

音は太いシンセ・ベースとDMXのドラムからスタートし、、ジジジジジ...という
ファズがかかったシンセが曲を引っ張っていく中、シックの"Good Times"が繰り返し
スクラッチされ、バムがゲスト・ラッパーたちを呼び入れたり、奇声をあげて
煽ったりして進行していきます。ダブ/エディット処理されたシンセ類が縦横無尽に
暴れるノイジーな後半は、エレクトロとしてはともかく、バムのテンション高い
ヴォーカルとも相まって最高にカッコイイです。

このシングルは、英アイランドのみからフランソワ・ケヴォーキアンと
ポール"グルーチョ"スマイクルがリミックスした盤(Island 12 IS 135)が
出ています。
timezoneremixb.jpg
ただ、これは編集を加えて違う曲にしてしまうものではなく、音質補正のような
もので、副題の「ヴェルヴェット・タッチ」というところからもわかるように
オリジナルより全体にマイルドで聞きやすい感じに変わっています。イギリスだと
こういう音のほうがクラブ・プレイ向きなのでしょうか。個人的には「電子音の
暴力」を思わせるオリジナルのほうが好きですね。






The Brothers Supreme "We Can't Be Held Back" (Street Talk ST 1003) 1985

brotherssupreme.jpg
ブラザーズ・シュープリームはLAで活動していた二人組。このシングル
一枚だけしか出していません。メンバーはクール・C・ITO"ビー"と、
MC・K-ロック・Gの二人なのですが、各々の経歴はクール・Cがこの後
サターン・レーベルからシングルを1枚リリースしたのが判明した程度しか
わかりません...

プロデューサーの片割れ、ロイド・トルバートはこのストリート・トークや
ラッパーズ・ラップで活動していた人。ただ、KロックGは当初のトラックが
気に入らなかったそうで、そこでドラム・トラックのプログラミングに
呼び寄せたのたがアントロン。

アントロンことアンソニー・メイビンは'82年からサンディエゴで活動を開始し、
その後LAに移ってキッド・フロストのDJを行うようになります。'84年には
LAで最初のミックス・レコードとされるスクラッチマティック名義の
"Sound Of The Street"を発表してスクラッチDJとしての名声を確立。
DJホアン・ギブソンとコラボして作ったザ・スワミ・スクラッチ名義の
"The Swami Scratch(こちらも近いうち紹介予定です)"はLA産アングラ・
ヒップホップの名曲とされています。その翌年に作られたのが今回の
"We Can't~"です。

音は、カリンカリンに乾いた音色のTR-808のビート、シンコペイトする
シンセ・ベース、オルゴール風のシンセ等が絡み合うオーソドックスな
エレクトロ。二人のラッパーが掛け合いを聞かせた後、ヴォコーダーが
サビのメロディを唄って、オーケストラ・ヒットが繰り返すブレイクが
入った後、またスタートに戻る...というような展開で、全体的な印象は
キッド・フロストの"Terminator"に似ています。バンバータの"Looking
For The Perfect Beat"辺りをお手本にしつつも、物真似でないオリジナルを
模索している、ぐらいの感じでしょうか。

個人的には「西海岸モノにしては悪くないかな」ぐらいの出来なのですが、
イギリスのエレクトロ好きの間ではやたらと評価が高く、海外の掲示板では
"A Perfect Sound"とか"One Of The Best Electro Raps Ever"等絶賛の嵐。
エレクトロに期待される音が過不足なく盛り込まれているのがいいのかも
しれません。


Pumpkin and The Profile All-Stars "Here Comes That Beat!" (Profile PRO 7047) 1984

pumpkin.jpg
パンプキンことエロール・ベドワードは'80年代初頭から活動する伝説的なドラマー/プロデューサー(故人)。
当初はエンジョイ・レーベルのセッション・ドラマーとしてスタートし、クレジットが殆ど無いため
正確な参加作数は不明ですが、トレチャラス・スリーの"The Body Rock"やナイス&ナスティ・3の
"The Ultimate Rap"は彼のプレイであることが確認されています。ドラマー期の作品で最も名高いのが
スプーニー・ジーの"Love Rap"('80年)。「ディスコ・スキップ」と言われるパンプキンのファンキーな
ドラムとパーカッションのみをバックに、サビらしいサビもなく7分近くえんえんとスプーニー・ジーの
ラップが続けられるオールド・スクールの名曲です。

エンジョイの勢いが徐々に落ちてきた'83年ごろからは活動の場をタフ・シティやプロファイルに移し、
また、ドラムのみでなくプロデューサーとしてトラック全体を仕切ることが多くなっていきます。
彼はドラム・マシンによる音作りの革新者としても知られており、例えばファンタジー・スリーの
"Biters In The City"(近いうち当ブログでも紹介予定)のB面のインストは、エディットとダブ処理を
施したクレイジーな音作りが強烈な一曲です。

パンプキンが自身の名義で発表した曲はわずかにシングル2曲。1枚めの"King Of The Beat"も
インスト中心でカッコイイ曲なのですが、今回は2枚めの"Here ComesThat Beat!"のほうを紹介します。

この曲はアーティスト名からもわかるように、複数のラッパーがマイク・リレーをしていく
ポッセ・カット。参加しているのはDrジキル&Mr.ハイド、フレッシュ・3MC's、ディスコ・フォーの
グレッグ・G&Mr.トロイ、フライ・タイ-ロンの8名とスクラッチ担当のジョージ"ギャラクシー"
ライアドで、主にプロファイル・レーベルの所属アーティストから選ばれているようです。

音のほうは、ヴォーカリストがサビのフレーズを唄いだしてスタートし、パンプキンのプログラムした
ドラム(リン・ドラムか?)がビートを刻む中、ラッパー達がパンプキンのビート・マスターぶりを
順に語っていきます。ドラムやパーカッションのディレイのかかり方、サンプリングされた
ガラスの破砕音や爆発音のリズミックな入れ方、メタリックな全体の音色等も最高です。
ポッセ・カットの場合、トラックはなるべくシンプルなビートの繰り返しになることが多いですが、
この曲はそのトラックの完成度も高くて聴き入ってしまいます。紹介済みの
ラッセル・ブラザーズ"The Party Scene"が好きな方でしたら、この曲も間違いなく
気に入っていただけると思います。

この曲のラップ・パートはサンプリングの「声ネタ」としても人気があり、コールドカットや
リッチー・リッチ、アフロダイト等が使用しているようです。







Grandmaster Flash & The Furious Five "Scorpio" (Sugar Hill SH 590) 1982

scorpio.jpg
グランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴは今さらここで
述べるまでもないオールド・スクールの重要グループ。各メンバーの詳しい
経歴に関してはいろいろなところで詳述されているのでここでは省きますが、
フラッシュの革新的なターンテーブル技術-ブレイク・ミックス、バック・スピン、
スクラッチに関してと、初期のMCのスタイルを作ったとされるメリー・メルの
功績については、ヒップホップの歴史に残る重要なものと言って間違いないでしょう。

彼らはエレクトロ云々以前に重要作が目白押しで、ブレイク・ミックスのすごさを
レコードに刻んだ"The Adventures Of Glandmaster FlashOn The Wheels Of Steel"、
社会的な内容をライムに初めて込めた大ヒット曲"The Message"、麻薬問題を
取り上げた"White Lines"、パーティ・ラップの定番"Freedom"等も必聴の名曲なのですが、
パイオニアだけあってエレクトロにも早々と'82年ごろからトライしています。
"The Message"も使用楽器だけ見るとエレクトロなのですが、これはあまりに有名曲
すぎるので、全編ヴォコーダーを使用しているエレクトロ感全開の"Scorpio"を選んでみました。

この曲は'82年のアルバム"The Message"からのシングル・カット。プロデュースは
シュガーヒル・レーベルのオーナー、シルヴィア・ロビンソンとジグソー・プロダクション
となっているので、実際に現場を仕切っていたのはキーボード奏者のジッグス(Jiggs)こと
クリフトン・チェイスだと思われます。

DMXがシンプルなファンク・ビートを刻み、ピコピコ感を強調したキーボードが循環する
フレーズを繰り返す中、ヴォコーダーがスコーピオ(フューリアス・ファイヴのメンバーの
一人)のことを唄い、シンセ・ベースがビキビキと下品な音色で煽ります。要所要所で
スネアがロールしたり、爆発するようなシンセのSE音が入るのも効果的。シュガーヒルの
バックアップ・ミュージシャン達は、ジッグスをはじめレジー・グリフィン、キース・ルブラン、
デューク・ブーティ等敏腕揃いなので、アレンジの緻密さ、演奏のクオリティの高さも
他のエレクトロより一段上だと感じます。もっとも、フラッシュ達の看板である
DJプレイや集団ラップは全く聴けないので、この曲が一般的には殆ど評価されないのも
わかるんですが。あくまで「エレクトロ好きならコレ」という位置ですね。

スコーピオのインタビューによると、ヴォコーダーで唄っているのはメリー・メルだとの
こと。個人的にはマイクに唄っていたのがメリー・メルで、それをキーボードで弾いて
いたのはレジー・グリフィンではないかと思います。レジーが同レーベルで発表した
"Mirda Rock"もエレクトロの名曲なので何れ紹介の予定です。

なお、このSH 590という番号のシングルはA面に"Scorpio"、B面に"It's Nasty"を収録した
ものと、両A面でどちらにも同じ"Scorpio"が入っているものがあります。後者は
プロモ・オンリーしか出ていないようですが、ネット・オークション等に多く出回って
いるのもそちらです。アルバムとも聞き比べてみたのですが、特にヴァージョンも
違っていないようです。







The Wreckin' Cru' "Surgery" (Kru'-Cut KC 002) 1985

wreckincrusurgery.jpg
(ワールド・クラス)レッキン・クルーは'80年代前半から活動する西海岸の代表的グループ。
結成当時のメンバーはグランドマスター・ロンゾことアロンゾ・ウィリアムス、ドクター・ドレこと
アンドレ・ヤング、DJ・イェラことアントアン・キャラビー、クライン・テルことマーケッテ・
ホウキンスの4名です。もともとロンゾはLA周辺で「イヴ・アフター・ダーク」「デュードス(Dudo's)」
等のクラブを経営していて、そこの常連客だったイェラ、クラブでのDJバトルで優勝したクライン・テル、
そしてロンゾが友人から紹介されたドレの4人でグループを結成したのでした。

'84年に彼らはロンゾのクラブのバックルームでデビュー曲"Slice/Kru Groove"を録音、ロンゾは
(当時西海岸最大手のインディ・レーベルだった)マコラの傘下に自身のレーベル、クルー・カットを
設立して、そこからの第一弾リリースとして同曲をリリースします。この曲は大したことのない
セールス/評価に終わりますが、つづいて発表されたのが今回の"Surgery"です。

プロデュースはロンゾ、ラッパーはクライン・テル、スクラッチはドレが、ドラム・マシンの
プログラミングとキーボードはアンノウン・DJの項でも登場したダニエル・ソファーが担当。
デビュー曲でスクラッチを行っていたイェラは、今作では直接の演奏には参加していないようです。

音は、ビチビチした音色のDMXのビート、西海岸モノには定番の「ハー・ハー」声、上下動の
殆どない単調なシンセ・ベース、テンション低めのヌメッとしたラップ等、全体にアングラ感
漂う印象。間奏でヴォコーダー・ヴォイスに導かれてドレが登場し、一分あまりスクラッチと
ラップを披露しています。スクラッチはリズミックにゴシゴシ擦る程度で腕前は普通です。
エジプシャン・ラヴァーをちょっとだけ厚くしたような音、とでも言えばいいでしょうか。

自分たちの音楽を外科手術に例えた詞の内容はまあまあ面白いですが、ギャングスタ色はこの
時点では全くなし。音楽的にもまだ他の模倣が多いので、ドレはここからいろいろ修行を重ねて
徐々に大物に成り上がっていくんでしょうね。詞をそのまんま画にしたジャケットは最高です。







Dynamic Force "It's Not Right" (Ebony Coast ECR 5001) 1984

dynamicforce.jpg
ダイナミック・フォースはアフリカ・バンバータ主催のズールー・ネイションに
所属していた4人組。ただし自身の作品はこのシングル1枚のみ、それ以外でも
ゲスト参加がバムの"Funk You"の1曲が確認出来るだけで、活動の実態はよく
わかりません。

メンバーはリーダー格のキッド・セヴィル、CYB、マスター・E、そしてFG。
セヴィルによると初期にはBDPのスコット・ラ・ロックがDJをつとめていた
こともあるらしいですが、確認は取れませんでした。セヴィルはこのグループの
後ソロ名義で数枚のシングルを発表していますが、他のメンバーの動向は不明です。

プロデューサーとしてクレジットされているのはエリック・マシュー。'70年代後半から
ゲイリーズ・ギャングやフランス・ジョリ等のディスコ/ガラージュ系の作品を
多数手がけています。特にダリル・ペインと組んでのシャロン・レッドの
一連の作品や、自身のレーベル、レーダー・レコーズから出したトニー・リーや
シナモンのシングル辺りは打ち込みエレクトロリック・ファンク/ブギーの名作揃いで、
ブギー狂いの頃は愛聴していました。'80年代半ば以降はヒップホップ系のアーティストにも
多数関わっています。

キッド・セヴィルによると、レコーディングの現場にはマシューは居らず、既に完成した
トラックがあってそこにメンバーがヴォーカルをのせるかたちで録音されたとのこと。

音のほうは、ホテル・シート(下敷きみたいなプラスチックの板)をベコベコやるイントロ
からオーケストラ・ヒット、DMXのドラム・ビートとオルガン風シンセ、DX-7のシンセ・
ベースによるトラックをバックに、メンバーが集団ラップを聴かせる感じ。カチカチな
DMXの音色と、怒っているようなテンション高いラップがデビュー当時のファット・ボーイズを
連想させます。セヴィルは、B面の"Wobble Vocal Mix"のほうが気に入っていたようですが、
ベースやシンセ類を抜いて、ドラムとラップを中心とした音になっているこのヴァージョンの
ほうが、たしかに「ヒップホップ濃度」は高い気がします。


The Future "Nuclear Holocaust" (Mirage 96938) 1984

thefutureunclear.jpg
ザ・フューチャーはマイケル・ジョンソンとロドニー・フォードの
二人による単発のプロジェクト。このシングル一枚しか出しておらず、
ロドニーのほうはこれ以外の詳しいことは全くわかりません。
マイケル・ジョンソンは、既に紹介済みのジョンザン・クリュー
マイケル・ジョンザンの本名です。当時は彼はトミー・ボーイと
グループとしての契約があり、またジョンザン~名義で出すにはそぐわない
内容だったために作った覆面グループではないかと思います。

ちょうどこの頃のアメリカは、レーガン政権下でミュージシャン達が
政治的なステイトメントをすることが流行していたフシがあります。
エレクトロ~ファンク系のその手の曲も、パッと思いつくだけでも
プロジェクト・フューチャー"Ray-Gun-Omics"
ウィルスデン・ドジャース"Not This President"
ボンゾ・ゴーズ・トゥ・ワシントン"5 Minutes"
ギル・スコット-ヘロン"Re-Ron"
マルカム・X(キース・ルブラン)"No Sell Out"
と言ったものがあり、冷戦~核戦争の危機を訴えるこの曲も、そんな
社会的/政治的な意図で作られたものなのでしょう。

音のほうも、基本的にはポップで明るいイメージのジョンザン~の時とは
違い、どこか緊張感が漂う感じ。ゲート・リヴァーヴのかかった早めの
TR-808のビート、爆発音のようなシンセのSE、ラップは「X-メン」の
台詞から引用した「我々にロシアのことはわからない、何故ならそこで
生活したことがないから」云々といった調子。サビでタイトルを唄う
部分はちょっとポップですが、間奏のインスト部分はダブ処理された
シンセやヴォーカルがなかなかカッコ良いです。B面はそのインスト・パートを
全編に広げた感じで、今聴くならこっちの方が良いかな。

なお、レーベル写真は通常はA面を挙げるのですが、今回の写真は手持ちの
盤のA面の書き込みがあまりにトホホな感じなので、B面の"Unclear Holocaust"の
ほうにしてあります。



thefuturemini.jpg
A面はこんな感じ。ベイビー・Bのバカ...










Schoolly-D "Gucci Time/P.S.K.-What Does It Mean?" (Schoolly-D SD 112) 1985

psk.jpg
スクーリー・Dは'66年、フィラデルフィア生まれのラッパー。本名をジェシー・B・ウィーバー
といい、'80年代前半から現在までフィラデルフィアを拠点に活動に続けています。

デビュー曲は'84年にカット・マスターズ・レコードから発表された"Gangster Boogie"。
この当時からギャングスタ賛美なノリは始まっていたようですが、翌年に自身のレーベル、
スクーリー・D・レコーズを設立。同時にリリースされた"C.I.A./Cold Blooded Blitz"に
つづくシングルが今回の"Gucci Time/P.S.K.-What Does It Mean?"になります。

本来は"Gucci~"がA面扱いだったようですが、評価されているのは"P.S.K.~"のほう。
エコーかかりまくりのTR-808とメチャクチャにコスっているだけにしか聞こえない
DJコード・マネーのスクラッチ、それにやけに落ち着いて聞こえるDのラップのみの
シンプルなプロダクション。執拗に乱打されるメタリックなドラムの過剰なエコーの
せいで、まるで地獄で鳴っている音楽のような、異様な迫力を感じます。
「PSK」と言うのはフィラデルフィアのギャングのグループ名らしいですが、詞の内容は
ドライヴして、女を口説いて、ハッパを吸い、ラップしてカネを稼ぐ...みたいな
彼流のギャングスタ・ライフについてのものです。

彼らはずっとフィラデルフィアに留まって活動をつづけ、他のラッパーたちとも殆ど
交流がないためか、NYや他の地域の影響を全く受けず、ある種の勘違いから独自の
価値観が出来てしまったような面白さがあり、一般的なヒップホップorエレクトロの
美学とは全く違うのですが、アヴァンギャルドなものやパンキッシュなレコードが
好きな方なら気に入ると思います。

普通のエレクトロのレコードは、'80年代後半以降は殆ど顧みられることが無くなって
しまったのに、この曲だけは例外で、たびたびサンプリングして使用されたことも、
この曲の異色ぶりを際立たせています。





M.C.Flex & The FBI Crew "Rockin' It" (Posse POS 1212) 1984

mcflexfbi.jpg
M.C.フレックス&FBIクルーはこのシングル一枚しかリリースしていない
グループ。FBIクルーはマイアミ周辺で活動していたブレイクダンス・
チームで、この曲は彼らが"Knights of the City"という映画に出演
した際に、彼らのテーマ曲として使うために録音したものだそうです。
MCフレックスのほうは経歴等まったく不明でした...

プロデュースはエイモス・ラーキンスII。彼は'70年代終わりから地元
マイアミでセッション・ミュージシャンとして活動してきたベーシスト。
プロデューサーとしてはこの曲が初仕事になります。彼はこの後
マイアミ・ベース・サウンドのオリジナネイターとして多数の作品を
リリース。ティム・グリーン名義の"Facts of Life"やピーター・ロック
名義の"Never Gonna Stop The Rock"辺りはエレクトロ・クラシックとして
認識されています。

"Rockin' It"は'84年にNYのパシィ・レーベルからリリースされた曲。
TR-808のビートにブヨブヨのシンセ・ベース、シンフォニックな
ストリングス・シンセにちょっといなたいラップ...という感じ。
後半はスクラッチやシンセ・ベースがソロを取る長いインスト・パートが
あります。エイモスが既にスタジオ経験を積んでいるからでしょうか、
ごくごくありふれた機材しか使っていないのに、どこか余裕を感じる
完成度の高い音に聴こえます。

この後のマイアミ・ベース系の音は正直苦手なのですが、この頃は
まだあそこまで類型化しておらず、またNYやLAのエレクトロとも
違う部分も感じられて、けっこう好きな一曲です。






The Boogie Boys "Zodiac/Break Dancer/Shake and Break" (Capitol 8578) 1984

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ブギー・ボーイズはNYのハーレムを拠点に'80年代に活動していたグループ。
リーダーはキッド・デライト/ブギー・ナイトと名乗るウィリアム・
D・ストロマンで、当初は彼とクール・スキーことキース・ショートの
二人組で活動を開始します。

デビュー・シングルはクラッシュ・クルーのDJ・ダリル・Cがプロデュースした
"Rappin' Aint No Thing"。'81年にリリースされたものなので、まだ生演奏+ラップの
オールドスクール全盛な音です。マイク&デイヴ・レコードからリリースされた
この12インチは、レアリティの高さからコレクターズ・アイテム化しています。

その後しばらく間を置いて、彼らはメジャーのキャピトル・レコードとの
契約を獲得。プロデューサーとしてこの後彼らと長く関わることになるのが、
テッド・キャリアとデイヴィッド・スプラッドリーのコンビです。

テッドはメルバ・ムーアやジョージ・クリントン、デイトン等、EMIレーベルの
R&B系アーティストの作品に関わってきた人。スプラッドリーはデイヴィッド・
リー・チョンの名義で'80年ごろからP-ファンク関連の作品に多数参加している
キーボード奏者で、バーニー・ウォーレルに次ぐP-ファンクの鍵盤系の
重要人物です。

"Zodiac/Break Dancer"は'84年にリリースされた、キャピトルでの最初の
シングル。ジャケットを見ると"Zodiac"がメインの楽曲に見えますが、
曲順やヴァージョン数からしても、エレクトロ好きの評価の上でも
メインは"Break Dancer"のほう。

"Break Dancer"はターザンの雄叫びとオーケストラ・ヒットの後、
「ズドーン」というドラムのハンマー・ビートがひたすら繰り返される
インスト。ところどころで"Electric Boogie!""Dance!"という掛け声が入ったり、
ベースがソロを取ったりもしますが、あくまで主役はヘヴィなドラム・ビートです。
タイトル通り、これはブレイク・ダンサーが踊るための曲ですね。
因みにこの曲、メリー・メル&ザ・フューリアス・ファイヴが"The Truth"で
(無断で)まるまるトラックに使用していました。

"Zodiac"と"Shake and Break"では二人のラップも聴けるのですが、
勢いがあるだけでどうもパッとしない...トラックがヒップホップというより、
「アップ・テンポの打ち込み系R&B」になってしまっているので、半端に
メロディアスでポップな印象です。この後にリリースされる"A Fly Girl"辺りだと
唄メロ+打ち込み+ラップがうまい具合にブレンドされていてけっこう好きなのですが...


Nitro Deluxe "Journey To Cybotron(Transform)" (Cutting CR 208) 1986

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ナイトロ・デラックスはプロデューサー/キーボード奏者の
マニー・スクレッチング・Jr.のソロ・プロジェクト。'60年に
フィラデルフィアで生まれたマニーは、レコード・デビュー以前から
セッション・ミュージシャンとしてファンク/ジャズ系のグループでの
演奏経験があり、中にはサン・ラのアーケストラでのセッションも
含まれるとのこと。

"Journey~"は'86年にリリースされたデビュー・シングル。ドラの音の後、
TR-808のドラムと、DX-7と思しきデジタル系のシンセによるベースが
リズムを刻み、その後アンビエント風のエレピがメインのメロディを
奏でます。ヴォーカルは素人っぽい男声がところどころでタイトルを連呼する
だけで、基本的にはインスト中心の曲です。サビでのシンセのリズミックな
リフは、マーシャル・ジェファーソンの"Move Your Body"辺りの、シカゴ産
ハウスとの共通性を感じます。間奏部ではビープ音風のSEが入る等、
目まぐるしく展開が変わるトリッピーな曲で、レーベルB面に謝辞が述べられている
ハシムの作風にも似ています。

次のシングル"Let's Get Brutal"以降はビートもストレートな4つ打ちになり、
完全に「ハウスの人」になってしまうのですが、今作はぎりぎりエレクトロの曲と
言えそうな音です。ただ、インスト重視でどこかスピリチュアルな雰囲気を
感じさせるところは、やはりヒップホップ畑の作品とは違います。


Fantasy Three "It's Your Rock" (Specific SR 143) 1983

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ファンタジー・スリーはスペシフィック/CCLレーベルから
3枚のシングルを発表した3人組。メンバーはラリー・Bこと
ロウレンス・マック、この後フリースタイル系のプロデューサーとして
成功するチャーリー"ロック"ヒメネス、そしてリーダー格の
シルヴァー・フォックスことレジー・ホブディの3人です。

シルヴァー・フォックスはマンハッタンの125番街出身で、
'70年代末からMCを開始。同じマンハッタンの先輩格だった
フィアレス・フォーやダギー・フレッシュ、ケヴ-スキーらと
交流があったようです。

"It's Your Rock"は'83年に発表されたデビュー・シングル。
当初は「Fantasy」名義でリリースされましたが、同名異グループが
沢山居たので{3」を付けて出し直されたとのこと。プロデュースは
フィアレス・フォーのマスター・O.C.です。

マイナー調のアカペラ・ヴォーカルから始まって、オルゴールの
ようなシンセと手弾きのエレクトリック・ベースが2小節のフレーズを
繰り返し、機種がわからない位メタリックな音色に加工された
ドラム・マシンがユル目のビートを刻む...最初のサビまでは
ちょっとラリっているようなヘンテコな唄で通し、その後3人の
ラッパー達が順にラップしていきます。終盤にはテープ逆回転も
使用したエディットが入りますが、これがアルバート・カブレラ
(ラテン・ラスカルズ)がインタビューで語っていた初仕事の部分かも
しれません。

BPMが遅めなこと、手弾きのベースや半音進行のヴォーカル等、
なんとなくレゲエの影響を感じるところもあります。つぎのシングル
以降はもっとストレートなエレクトロ寄りのアレンジになるのですが、
まだ模索中の音という感じでしょうか。

また、このシングルはB面のインストが、原曲とは大幅に異なる
エディットを施された大胆なヴァージョンに変えられていて、
そちらの方を高く評価するところもあるようです。エディット担当は
カッティング・レコードのオーナー、アルド・マリン(こちらの方が
アルドと関係の深かったラテン・ラスカルズのエディットかも?)。
下に挙げた"Beat Classic"に収録されているのもこちらの
インスト版のほうです。




The Unknown D.J. "808 Beats(Eight Hundred And Eight Beats)" (Techno Hop THR 2) 1984

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アンノウン・DJは本名をアンドレ・ピエール・マニュエルと言い、
出身はデトロイト。その後LAに移り、有名なプロモーターである
ロンゾが経営するクラブ、イヴ・アフター・ダークにてDJ業を
開始します。

レコーディング現場に関わるのは'84年にサターン・レーベルから
リリースされたダニエル・ソファーの"Rhythm Rock Rapp"から。
ここでアンドレはダニエルとの関係を深め、アンノウンDJとしての
デビュー・シングルであり、彼自身のレーベルのテクノ・ホップ・
レコードの第一弾リリースでもある"Beatronic"でもシンセ奏者として
ダニエルを起用します。

"808 Beats"はそれにつづいてリリースされたセカンド・シングル。
今作でもプログラミングはダニエル・ソファーが担当しています。
オーケストラ・ヒットにつづいてDMXがビートを刻みだし(曲名に
反してTR-808は使われていません)、クラフトワーク「ツール・ド・
フランス」風の「ハー・ハー」という男声、循環するシンセ・ベース
等が順に加わっていき、波がせり上がっていくようなストリングス・
シンセと共にアンノウンのラップがスタート。低音で、抑揚の付け方が
一本調子な、あまり上手いとは言えないラップですが、ドスは効いて
います。その後女性の喘ぎ声入りのドラム・ブレイクが入り、インスト中心の
導入部に戻る、という感じ。シンセ類のフレージングにはザ・システムの
デイヴィッド・フランクのそれに影響を受けている感もあります。

西海岸のエレクトロの中では音が厚く、また「プラネット・ロック」の
影響をあまり感じさせない等かなり異色な曲です。デトロイト出身の
せいか、サイボトロンに通ずるようなダークな感覚もあります。






T La Rock&Jazzy Jay "It's Yours" (Partytime PT 104) 1984

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"It's Yours"はデフ・ジャム・レーベルの記念すべき第一弾リリース。
ただし、この時点ではディストリビューションはパーティタイム傘下の
もので、レコード番号も同レーベルの系列です。

演奏しているのはMCのT・ラ・ロックとDJのジャズィ・ジェイ。ジャズィ~の
経歴は以前の"Def Jam"で紹介済み
なので、今回はT・ラ・ロックについて
書いてみます。本名をクラレンス・キートンという彼は、もともとブレイク・
ダンサーだったそうですが、アンディフィーテッド・4(Undefeated 4)という
グループに加入してからはMCとしての活動も開始('78~'79年ごろ)。
弟のスペシャル・K(トレチャラス・3)と共にリリックを書いていたそうです。

この曲も、リック・ルービンはスペシャルKにレコーディングして欲しかった
らしいですが、彼は当時エンジョイ・レーベルとの契約があったため適わず、
代わりにT・ラ・ロックにレコード・デビューの機会が巡ってきたということです。

ジャケ裏のクレジットには"Beats Programmed By Rick Rubin"とありますが、
ジャズィ・ジェイのアドバイスでリックが自分でTR-808を買ってきて、ジェイの
指導のもとで自身でビートをプログラムし、出来上がったビートにジェイが
いくつかのドラム・ロールやタムを加えて完成したものだそう。

音を聴いても、本当に必要最小限のビートとTのラップ、サビでジェイのスクラッチが
斬り込んでくるだけで、シンプル極まりないプロダクションなのですが、非常に
カッコイイです。バスドラの「ズーン」という低音が効いているのも大きい
(マイアミ・ベースの元祖とも言われているらしい)ですが、ビートとラップのみに
絞ったことでリズムが強調され、シャープでハードコアなヒップホップのスタイルを
ここで作り上げています。

なお、このシングルは4ヴァージョン入りと2ヴァージョン入りのもの、レーベルの
デザインも2種あります。レーベル面にデフ・ジャムのロゴが入っておらず、
レコード番号"PT 104"の下のスペルが"Def Jem"となっているのがオリジナルの
ファースト・プレスになります。





Knights Of The Turntables "Techno Scratch" (JDC JDC 0034) 1984

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ナイツ・オブ・ザ・ターンテーブルスはカリフォルニアのJDCレーベルから
2枚のシングルをリリースしているグループ。メンバーはカーティス"C-ブリーズ"ハーヴェイ、
リル・ロッキン・Gことジェラルド・バートン、マッドミキサー・RMGの3人です。
グループ名はキャメオのアルバム"Knights of The Sound Table"をもじって
付けられたとのこと。

NY出身で、グランドマスター・フラッシュのDJプレイに憧れていたリル・
ロッキン・Gが、西海岸に移住してDJを始めたところ、Cブリーズや
RMGと出会いグループを結成。Cブリーズの職場でもあった地元のJDC
レコードと契約して発表されたのがこのシングルです。

もともとこの曲はグループがDJバトルを行う際に使うための、
「異なるビートの上に様々なブレイクがのっている」レコードが欲しくて
作ったものだそう。スペシャル・リクエストの「サルサ・スマーフ」
BPMをやや上げたような、リズム・ボックス&シンセのごくごくシンプル
なトラックをバックに、ウッドペッカーの笑い声やトラブル・ファンクの
「パンプ・ミー・アップ」、ハービー・ハンコックの「ロックイット」等が
つぎつぎスクラッチされていきます。

たったそれだけの曲なのですが、シンプルでクールなトラックと、
ハメ込むスクラッチ・ネタの妙でつい最後まで聴き入ってしまうクラシック。
この頃って、こういうDJが主役のカッコいいインストが多いなぁ...






Word Of Mouth featuring D.J.Cheese "King Kut" (Beauty And The Beat BAB 100) 1985

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ワード・オブ・マウスは2枚のシングルのみで消えてしまった3人組。
メンバーはデイヴィッド"KMC"ミラー、ダーネル"アリ-G"プレトロウ、
ロバート"キング・カット"チーズの3名です。曲名にもなっている
キング・カットことDJ・チーズは'86年にDMCのチャンピオンシップで
優勝したスクラッチの名手。MCの2人に関しては経歴等は不明です。

プロデュースはビューティ・アンド・ザ・ビート・レーベルの
オーナーでもあるデューク・ブーティ。学生時代に音楽の授業で
ドラムやパーカッションを学んだ彼は、カレッジでバンドを結成。
その後フィラデルフィアに赴いてノーマン・ハリス&ボビー・イーライ
の元でレコーディングを経験。その後地元のニュー・ジャージーに
戻り、ホット・ペッパーというグループに参加。その一方で
チャールズ・アーランドやジャック・マクダフ、ジミー・マクグリフ
といったジャズ・オルガニストともセッションしたり、'79年にはエドウィン・
スターのツアー・ミュージシャンとして渡欧を経験したりします。

ヨーロッパからアメリカに戻ったブーティは、シュガーヒル・レーベルの
プロダクションに加入し、スタジオ・ミュージシャンとしてレコーディングに
参加。ブーティはグランドマスター・フラッシュがクラブでDJプレイする際に
同行し、その時ウケの良かった曲のブレイクを元にして、そのカヴァー版の
演奏を行ってシングル曲を決定していたそうです。

シュガーヒルでのレコーディングを通じてスキップ・マクドナルド、
ダグ・ウィンビッシュ、キース・ルブランの3人のスタジオ・ミュージシャンと
親交を深め、またレーベル側からも信頼されるようになっていたブーティは、
グランドマスター・フラッシュのMCだったメリー・メルと名曲「ザ・メッセージ」を
共作。その後も「メッセージII」や「ニュー・ヨーク,ニュー・ヨーク」等
フラッシュ関連の曲をブーティ主導で制作しますが、契約問題でモメた為
シュガーヒルを離れ、メジャーのマーキュリーとソロ契約することに。

そうして発表されたブーティのソロ"Bust Me Out"は、クオリティの高い
内容ながらセールス的には惨敗(いずれ当ブログでも紹介しますけど)に終わり、
失意の彼はイギリスからやって来たエイドリアン・シャーウッドに会って
インディ・レーベルに興味を持ち、自身のレーベルであるビューティ~を
設立。前置きが長くなりましたが、同レーベルの第一弾リリースが今回の
シングルです。

当時のブーティの作品は非常に独特てす。サンプリングとプログラミングを
駆使した、重低音のドラムス、ドリルの破砕音のような「ジーッ」という
音やメタリックなオカズ類...一聴しただけで彼のプロダクションとわかる
ノイジーな音は、レーベル設立直前に渡英して学んだエイドリアン・シャーウッドの
作品に通ずるものですが、基本がレゲエ~ダブにあるシャーウッドと違い、
あくまでファンクとヒップホップに基づいているブーティの作品は、前回の
マントロニクスと並んで新時代のエレクトロを感じさせ、私も含めて熱烈な
ファンを生みました。

今作でもDJチーズのスクラッチングやMC二人のラップもカッコいいのですが、
いちばん耳に残るのは「ズドーン」というハンマー・ビート。例えば
アート・オブ・ノイズの「ビート・ボックス」に対するヒップホップ側からの
回答、と言いたくなるような斬新な音でした。





Mantronix "Needle To The Groove" (Sleeping Bag SLX 00015) 1985

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マントロニクスはカーティス・マントロニクことカーティス・カリームと
MC・ティーことトゥレ・エンブデンのデュオ。ジャマイカ生まれでカナダ育ちの
カーティスは、高校時代にバンドを結成したかったもののメンバーが見つからず、
代わりにローランドのTR-606とTB-303というリズム・マシンを購入し、すぐに
その使用法を習熟。そのマシン・マスターぶりからステージ・ネームを
マントロニクと名乗るようになり、DJ活動を開始します。

彼はそのいっぽうで15歳からマンハッタンのダウンタウン・レコーズという
レコード店で雇われDJとして働き始め、そこに常連客として来ていたMCティー
(ハイチ生まれ、ブルックリン育ち)とグループを結成します。

二人はさっそくデモ・テープを作り、それに目を付けたのが設立されたばかりの
スリーピング・バッグ・レコードのウィリアム・ソコロフ。同レーベルから
'85年にリリースされたデビュー・シングル"Fresh Is The Word"はビルボードの
ダンス・チャートにランク入りし、批評家たちの評判も上々でした。

"Needle~"はそれにつづいて発表されたセカンド・シングル。TR-808のビートと
ジジジ...というシンセ・ベース、連打されるオーケストラ・ヒットやハンド・
クラップ、MCティーのラップに絡むヴォコーダー...と、ひとつひとつの
音を言葉で説明するとそれまでのエレクトロとあまり変わりない感じですが、
不連続な独特のベース・ライン、せわしなくリズムを刻むドラム・マシーン等
名前に恥じない機械オタクぶりが発揮され、それまでのエレクトロとは
ひと味違う奇妙なトンガリ感を出しています。

個人的にも、彼らの音はリアル・タイム当時から追っていて、デューク・ブーティと
並ぶお気に入りでした。コミック風なイラストレーションが最高なジャケットの
デザインは、後に西海岸のラッパー、ラスコがシングルで引用していました。

彼らの最高傑作は、セカンド・アルバムからのシングル"Who Is It?"だと
思うので、何れそちらも紹介の予定です。





Tyrone Brunson "The Smurf" (Believe In A Dream 03166) 1982

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タイロン・ブランソンはワシントン・DC出身のベーシスト/ヴォーカリスト。
それ以前もデスティニーやファミリーと言ったローカル・バンドに参加して
いたようですが、本格的に活動を始めたのは盟友オシリス・マーシュが
率いるファンク・バンド、オシリスのメンバーとして。彼らの初期の2枚の
アルバムに参加し、Pファンクの影響濃い音を聴かせてくれます。

オシリスを脱退したタイロンは、自作のデモ・テープを各レーベルに送り続け、
それに最初に注目したのが新興のビリーヴ・イン・ア・ドリーム・レーベル。
レディングスと並んで同レーベルの看板アーティストとしてソロ・デビュー
することになります。

「ザ・スマーフ」はそうして発表されたデビュー・シングル。全編インストで
ヴォーカルやラップは入っていません。ミディアム・テンポのTR-808のビートを
バックに、エレピやシンセ、ベース等が複雑に絡み合い、各々が順にソロを取って
いくクールなナンバーです。アレンジやリズムのキメにフュージョンぽい感覚が
強く、エレクトロ好きからするとやや軟弱に感じられなくもないのですが、
ハードなヒップホップ系の音ばかり聴いていると、このスムーズさが意外と
気持ちよく感じる時もあります。

ハービー・ハンコックの"Rockit"より一年早かった、ポップス畑からのエレクトロ
へのアプローチとして忘れられない曲です。12インチのリミックスはハウス畑の
トニー・ハンフリーズ、ジャケットのイラストはグラフィティ・アーティストとして
知られるフューチュラ2000によるもの。





Fearless Four "Something New" (Elektra 67924) 1983

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フィアレス・フォーはNYのハーレムで結成された6人組。メンバーは
グレイト・ペソ、デヴァステイティング・ティト、マイティ・マイク・C、
D.L.B.、マスター・O.C.、クレイジー・エディの6人です。OCとクレイジー・
エディがDJで他の4人はMCという構成。もともとティトとOCの二人が
ハウスロッカーズ・クルーという名で活動していたところに、メンバーの
加入/脱退が何度かあって上記のラインナップが固まったのが'70年代終わり
のこと。

キャット・スティーヴンスの曲をモチーフにした'81年のデビュー・シングル
"It's Magic"がまずまず好評だった彼らを一躍有名にしたのがつづく"Rockin' It"。
クラフトワークの「マン・マシーン」を引用したピコピコ・サウンドと
緩急の効いたMCの絡みがカッコ良く、それまでラップの曲を殆どオンエア
しなかったWBLS局のフランキー・クロッカーズの番組でも1位を獲得。
人気者となった彼らはエレクトラと契約し、カーティス・ブロウに続いて
メジャーと契約したラッパーになります。

エレクトラ第1弾としてリリースされたのが今回のシングル。"Just Rock"は
イギリスのテクノ系アーティスト、ゲイリー・ニューマンの「カーズ」の
カヴァー。引用でなく基本的なアレンジやヴォーカルのメロディも原曲と同じで、
詞やラップだけが彼らのオリジナルという大胆な作りです。バックの演奏は
エンジョイ・レーベル時代からのつきあいのドラマー/プロデューサーである
パンプキンが作ったもの。原曲と聴き比べてみると、生だったドラムが
打ち込みに変えられ、SE的なピコピコ音が加えられる等、エレクトロとしての
意匠は整えられている感じです。クラフトワークの次はゲイリー・ニューマンで
当ててやるぜ!ってところでしょうか。ミックスはラリー・レヴァンが担当
していますが、正直どういう意図で起用されたのかわからないです。

B面の"Got To Turn Out"はオージェイズの"For The Love of Money"の印象的な
ベース・ラインを引用したファンキーな曲。エレクトロ度は低いですが、
ラップのルーティン、ガヤ入れ、集団MC等ラップ・グループとしての
持ち味はこちらでのほうが発揮されていてカッコイイです。

オールド・スクール直系の強く抑揚をつけたラップと、エレクトロが合体した
彼らのスタイルが大好きなので、これ以降の作品やメンバーのソロも何れは
紹介したいと思います。



Newtrament "London Bridge Is Falling Down" (JIVE T 43) 1983

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ニュートラメントはロンドン出身のDJ、ベルトラム・ジョンソンによるプロジェクト。
この曲はイギリスで最初のヒップホップ・レコードと言われています。ベルトラムは
'80年代初頭からノッティング・ヒル周辺で活動していた「クルー(Krew)」という
集団のメンバー。彼らはバンバータのズールー・ネイションのように、DJや
MC、ブレイク・ダンサー、グラフィティ・ライター等から成るグループで、
ノッティング・ヒルでスクワッティング(不法占拠)した建物で定期的にパーティを
催していたそう。

プロデューサーのロイ・カーターはUKソウルのグループ、ヒートウェイヴから独立した人。
セントラル・ライン、セカンド・イメージ、コートニー・パイン等UKのブラック・
ミュージック系アーティストを数多く手掛けています。

"London Bridge~"は彼の唯一のシングル。タイトルからわかるようにあの童謡を
モチーフにしていますが、おなじみのメロディはサビの部分で唄われるだけで、曲は
ほぼオリジナルです。DMXのドラムにアイズリー・ブラザーズ"It's Your Thing"から
パクったシンセ・ベースが絡み、ちょっとルーズなラップが乗る感じ。既に
プロデューサーとして実績があるロイが関わっているせいでしょうか、アレンジや
ドラムの音処理がキレイに出来上がりすぎの感もあります。オリジナルの
ヴァージョンよりB面のヴォコーダー・ミックスのほうがMCたちのパートも
長く、ラフさも感じられてカッコ良いです。

ちょっとMCのスタイルにレゲエの影響も感じるところや、まとまっているけど
その分ワイルドさには欠ける感じはいかにもイギリス産。ジャケットのロゴは
Krewのグラフィティ・ライターによるものですが、ヒップホップというより
パンクのレコードを連想してしまいます。






Special Request "Salsa Smurph" (Tommy Boy TB 832) 1983

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スペシャル・リクエストはNY在住のラテン系アメリカ人、カルロス・デ・ヘスースと
ホセ"アニマル"ディアスによるプロジェクト。この曲を含め2枚のシングルしか
出していません。

カルロスはサルサのキーボード奏者、リカルド・マレーロのグループ出身ですが
'80年代のこの時期だけヒップホップに接近、スペシャル~のほかにも
The Buggers やX-Ray Visionといった単発のプロジェクトでシングルを
発表していました。ホセのほうはクイーンズ生まれで、ラジオ局WKTUのDJ
として当時は知られていた人。カルロスとの共作のほかにはマン・パリッシュの
"Hip Hop Be Bop"
や、デトロイト・テクノの名作サイボトロンの"Clear"の
リミックス等も手掛けています。

音のほうは非常にシンプル。導火線に火が点いた時のような「シュシュッ、シュシュッ」
というパーカッションと、TR-808よりも前の安い機種のものと思われるペナペナの
リズム・ボックスに、ラテン・リズムを取り入れたマリンバ風のシンセが絡み、
ヴォコーダーが"Salsa~Do The Salsa Smuph"と唄う。その後のシンセ・ソロも
どこか気の抜けたオモチャのような音色で、ひとことで言ってスカスカな
インストです。BPMが115と遅いのも曲のノンビリ感に拍車をかけています。

ところが、これを重低音の効いた大型のスピーカーで聴くと、めちゃめちゃドープに
なってしまうのです。打ち込み以降のダンスホール・レゲエに通じる感じというか、
シンプルなトラック故ひとつひとつの音が直接身体に伝わってきてズシンときます。
いったんハマると癖になってやめられない、エレクトロでは珍しい引きの美学で
光る曲と言っていいでしょう。

もう一枚のシングルのほうは、アップ・テンポの割とフツーのラテン・ポップに
なってしまったのが残念。このヘンタイ・エレクトロ路線をもっと聴いてみたかったです。






CD III "Get Tough" (Prelude PRL D672) 1983

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CDスリーはNYを拠点に活動していた3人組。メンバーはカルロス・
サヴォリー、ジョージ・ワトフォード、ハワード・トンプソンの
3人です。ハワードは西インド諸島出身の両親を持ち、ロンドンで
生まれて育ちはNY、このグループの後はハウイー・ティーと名前を変え
プロデューサーに転身。リアル・ロクサーヌやチャブ・ロックを
ヒットに結び付けています。手許にあるリアル~の12インチのサンクス欄に
たしかにCD-3の名がありました。残る2人は詳細不明ですが、ビデオ・クリップを
見ると2人はラッパー、1人はヴォーカル専任のようです。

プロデューサーはアート・ポルヘムス。'60年代からブルース・マグースや
バンキー&ジェイク等NY周辺のロック・ミュージシャンを手掛けてきた人で、
主にエンジニア畑を歩んできたようです(白人)。'90年代以降は映画監督の
デヴィッド・リンチ関連の作品に数多く関わっています。

音はゲート・リヴァーブのかかったTR-808のビートとプヨプヨのシンセ・ベースが
気持ち良い音。サビで突然シンフォニックなシンセが鳴り響くところや、
後半はヴォーカリストの一人舞台になる辺りからメロディアスでポップな
印象です。音がクリアーで、楽器へのエフェクトのかけ方がプロの仕事を
感じさせるのはポルヘムスの功績だと思います。

B面のインストをミックスしているのはマーリー・マール。前半はスクラッチを
ガシガシ入れている程度の違いなのですが、中盤のブレイク以降は重低音
びしばしのドラムを中心に、かなり「イジった」音に作り変えています。

彼らはこの後プレリュード・レーベルでもう一枚と、マイナーなヴァニティ・
レーベルから一枚シングルを出して解散してしまうようですが、どれも
高水準な出来なので何れ紹介したいと思います。






Freestyle "Don't Stop The Rock" (Music Specialists MSI 111) 1985

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フリースタイルはマイアミを拠点に活動していた4人組。音楽ジャンルの
「フリースタイル」とは直接の関係はないと思います。このシングルの
裏ジャケにはメンバー4人(ガーフィールド・ベイカー、バイロン・スミス、
ハーリス・ヴェリーン、ダリル・ホウキンス)の名前と担当楽器(ダリルが
ドラムで他の3人は全員キーボード!)、マスクを取った写真も載っている
のですが、それ以上の詳しい経歴等は全くわからず...

プロデュースはミュージック・スペシャリツ・レーベルのオーナーでもある
プリティ・トニーことトニー・バトラー。2・ライヴ・クルーが全米レベルで
認知されるようになる以前のマイアミのヒップホップ/エレクトロ・シーンは、
殆どこの人が一人で盛り上げていたような感じです。

"Don't Stop~"はフリースタイルの5枚めのシングルで、彼らの最大のヒット曲。
音楽的には「プラネット・ロック」の影響が大と言うか、殆どそのまんまです。
クラフトワーク「ナンバーズ」を意識したTR-808のビート、派手なオーケストラ・
ヒット、シンセ類の音色等、「プラネット~」時のジョン・ロビーの演奏を
まるまるサンプリングして弾き直しているような感じ。ラップ無しで全編が
ヴォコーダー・ヴォーカルで通されるのも、特色と言うよりラッパーが非力で
入れようが無いから、と邪推してしまいます。あえて違いを見出そうとするなら
TR-808のバスドラの音色へのこだわりで、「ズーン」と腰にくる重低音は彼ら
独自のものです。

彼らは、「プラネット~」から3年も経っているのに、こうして昔ながらの
エレクトロ・サウンドを演りつづけ、さらに独自の進化を遂げた結果、
必要最小限に簡略化され、より低音を重視したマイアミ・ベース・サウンドを
この後生み出してしまうわけで、継続の強さを感じます。

そう言えば、いま最先端の音を作るプロデューサーのひとりであるディプロの
ミックスCD("FabricLive 24")にも、この曲は収録されていることを書いていて
思い出しました。





Jellybean "The Mexican" (EMI America V7831) 1984

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ジョン"ジェリービーン"ベニテスは'59年にNYはサウス・ブロンクスで生まれた
プエルトリコ系のリミキサー/プロデューサー。幼少時から音楽やレコードに
並々ならぬ関心を示していたそうですが、十代後半の時に初めてマンハッタンの
サンクチュアリというクラブに足を踏み入れ、そこでのDJプレイに衝撃を受けて
「俺の天職はコレだ!」と決断したそうです。

その後、'75年からブロンクスのチャーリーズという小さなクラブで自らもお皿を
廻し始めたのですが、より大きな場所でやりたいという希望から所属するクラブを
つぎつぎと移籍。'81年までにはエレクトリック・サーカスやスタディオ54でも
プレイするようになり、さらにこちらも有名なファンハウスというクラブの専属となり、
人気DJとしての地位を確立します。

次にジェリービーンが目指したのがレコード制作。'79年ごろから既に白人ディスコ・
グループのマンタスやパトリック・アダムス&リロイ・バージェスのダズルといった
ガラージュ寄りの作品には関わっていたのですが、新しい音に敏感だった彼はヒップホップ
系のリミックスにも積極的に参加。ジミー・スパイサーの"The Bubble Bunch"、
バンバータの"Planet Rock"ジョンザン・クリューの"Pack Jam"等のリミックスを
手掛けて、エレクトロにも関わっていくことになります。当時、個人的には
ニュー・オーダーの「コンフュージョン」のリミックスで名前を覚えました。

「ザ・メキシカン」はそんなリミキサーとしての人気が頂点に達しつつある頃に
発表された、ソロ・デビュー・シングル。曲は'70年代のイギリスのロック・
グループ、ベーブ・ルースのカヴァーです。もともと原曲も、クール・ハーク等が
中盤のドラム・ブレイク部分を2枚使いしていたB-ボーイ・クラシック。また、
モリコーネの「夕陽のガンマン」を引用したマカロニ・ウェスタン風のメロディ
は、当然「プラネット・ロック」を意識しているものと思われます。この辺の
デジャ・ヴ効果を狙った選曲の妙はさすが人気DJです。

ジェリービーン版の音も、ドラムが打ち込みになっている以外は原曲と殆ど同じ
アレンジ。女性ヴォーカルもわざわざオリジナルで唄っていたジェニー・ハーンを
起用しているので、知らずに聴いていると「あれ?全く同じじゃん」と思うほど
そっくりです。そこで彼のカラーを出しているのがイントロと間奏で派手にソロを
取るマーカス・ミラーのベースとバシリ・ジョンソンのパーカッション。特に
ジェリービーンのラテン・ルーツも意識させるパーカッションはカッコ良いです。

この12インチには全部で5つもヴァージョンが入っているのですが、エレクトロ好き
として評価したいのは"Hip Hop Bean Bop"と題されたボーナス・ビーツ。こちらでは
ベースやギター、パーカッションといった生楽器系の音は全て消され、ジェリービーンが
プログラムしたドラム・マシンの音だけがメインで聴けるのですが、重低音が強調された
バスドラ、抜けの良いスネア音等、これだけでも気持ちよくなれる位完成された音に
なっています。それだけ彼の耳が良いということなんでしょうね。







D.J.Born Supreme Allah "Two,Three,Break(Part II-The Sequel)" (Vintertainment VTIS 006) 1985

bornsupreme.jpg
DJボーン・シュープリーム・アラーはチャック・チルアウトの変名。'62年にNYで
生まれたチャックは、20歳の時にNYの人気FM局、KISSのDJとしてキャリアをスタート
します。それと平行してB-ボーイズというグループも結成し、MCのドナルド・Dと
ブラザー・Bとの3人組は'83~'85年の間に4枚のシングルを発表。大ヒットには
至らなかったものの、玄人ウケするグループとして評価は高く、グループ解散後に
ドナルド・Dは西海岸に移住してアイス・Tのライム・シンジケートに加入して2枚の
ソロ・アルバムを残しました。

チャックのほうは、KISS-FMでの番組が大好評でDJとしての人気が定着。「ヒップホップを
ラジオを通じて広めた最初のDJ」と言われています。B-ボーイズ時代からソロとしての
活動も行い、DJプレイを前面に出した"2,3 Break"や"Hip Hop On Wax Vol.1"と言った曲を
発表していましたが、その"2,3 Break"の続編にあたるのがこの曲。

シンプルなドラム・マシーンのビートをバックに、チャックがひたすらスクラッチしていく
だけの内容なんですが、やたらとカッコ良いです。メインのコスリねたは前半が
ハーマン・ケリー&ライフの"Dance To The Drummer's Beat"、後半がマジック・ディスコ・
マシーンの"Scratchin'"で、それらのブレイク部分を繰り返しつつ、以下の曲の声ネタ/音ネタ
を織り込んでいきます。
マハヴィシュヌ・オーケストラ"Planetary Citizen"より"Are You Ready~"の部分
ハシム"Al-Naafiysh(The Soul)" より"It's Time!"の部分
スライ&ザ・ファミリー・ストーン"Sing A Simple Song"より後半のブレイク部分のギター
グランドマスター・フラッシュ"White Lines"よりメリー・メルの"Bass!"の部分
これら声ねたをタイミング良く入れることで、ラップや唄なしで曲としての起承転結を
つけている感じです。

エレクトロとしての評価はドラム・マシーンの音だけなのでなんとも...なのですが、
これはスクラッチのカッコ良さに惹かれてお気に入りになった曲なのでした。

この後のチャックはMCのクール・チップとの連名でアルバム"Masters Of The Rhythm"を
発表('89年)し、'90年代後半までラジオでの仕事はつづけていたようですが、現在は
'99年に設立したフル・ブラスト・プロモーションというレコード・プールを通じて
DJをサポートする業務を行っているようです。


プロフィール
クロい音楽全般が好きなのですが、 ここではエレクトロとオールド・スクールの アナログ盤に絞って紹介していきます。

KDMX

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