スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Captain Rapp "Bad Times(I Can't Stand It)" (Saturn SAT 2003) 1983

captainrapp.jpg
キャプテン・ラップはLAを拠点に活動していたラッパー。本名をラリー・
アール・グレンと言い、'81年にディスコ・ダディとの連名で発表した
シングル"Gigolo Rapp"は西海岸で初のラップ・レコードと言われています。

"Bad Times"は'83年にリリースされたソロ名義では初のシングル。
プロデュースは"Gigolo~"のレーベル、ラッパーズ・ラップのオーナーだった
クレタス・アンダーソンですが、実際の演奏を仕切ったと思われるのが
アレンジャーとしてクレジットされているジミー・ジャム&テリー・ルイスと
リッチ・ケイソンの3人。ジャム&ルイスに関しては詳しい経歴は不要だと
思いますが、彼らの単独の仕事としては最初期のもののひとつであり、後にも
先にもエレクトロのレコードで関わったのはこれ一枚のみです。
リッチ・ケイソンは、知名度こそジャム&ルイスに劣るものの実は'60年代から
活動している大ベテラン。ダイク&ザ・ブレイザーズのメンバーからスタートし、
西海岸に移住した'70年代にはドラマチックスやレオン・ヘイウッドに曲を提供、
'80年代に入ってからはラッパーズ~等のレーベルで多数のプロデュース作品を
発表しています。

曲は、抜けの良いDMXのドラム&ハンド・クラップとブヨブヨのシンセ・ベースが
派手に鳴り、女性ヴォーカルが"I Can't Stand it~"と繰り返し、エコーのかかった
低音のラップがさまざまな社会問題を訴えていくもの。グランドマスター・フラッシュの
「ザ・メッセージ」辺りを意識したと思しき内容ですが、曲調が非常にポップなので
気持ち良く聴けてしまいます。リッチ・ケイソンが、同じ'83年にラッパーズ・ラップから
Rich Cason & The Galactic Orchestra名義で発表した"Year 2001 Boogie"が、
この曲と殆ど同じと言っていいぐらいアレンジが酷似しているのですが、どちらが
先に作られたものかは不明。また、この曲はラップ自体より女性ヴォーカルの
リフのほうが印象的なのですが、このヴォーカリストはマジック・レディという
グループでアルバムを発表していたキンバリー・ボールです。

そんな風に、この曲はプロのアレンジ、R&B寄りのメロディアスなプロダクションが
目立つ内容なのですが、コアな(?)エレクトロばかり聴いていると、時にはこういう
カッチリと仕上がった音が欲しくなってしまうのでした。








スポンサーサイト

Kid Frost "Terminator" (Electrobeat EB 005) 1985

terminator.jpg
キッド・フロストは'64年にイースト・LAで生まれたメキシコ系アメリカ人。
もともとはブレイク・ダンサーとしての活動がメインで、ダンサーとして
ロジャー・クレイトン率いるアンクル・ジャムズ・アーミーのクルーに
加入します。

アンクル~はエジプシャン・ラヴァーの項でも触れましたが、当時のLA周辺
の人気ラッパー/DJたちが多数所属していた団体。一緒に演奏するというより、
ライヴやクラブ・イヴェントを共同運営するプロダクションのような繋がりで、
フロストはそこで自らもラッパーとして活動するようになります。彼の芸名は
ライヴでの競演仲間だったアイス・Tに畏敬の念を込めてつけたものだそうです。

「ターミネーター」は'85年にエレクトロビート・レーベルから発表された
3枚めのシングル。プロデュースのデイヴ・ストアーズはフロストのほか、
アイス・Tやクリス"ザ・グローヴ"テイラー等、西海岸の重要作に関わることの
多い才人です。

音はDMXのビートにシャノンの"Let The Music Play"からパクったシンセ・ベースが
絡み、スペイシーなシンセがSF感を醸し出す中、フロストが自分がいかに優れた
ラッパーかを語るセルフ・ボースト物。ラップとユニゾンでボコーダーが唄ったり、
パルス音や爆発音のようなシンセが挿入されたりするのも芸が細かい。フロストの
ラップは高めの声質がやや頼りないですが、SFちっくな音とターミネーターに重ねる
詞のテーマがマッチして、カッコイイ曲に仕上がっています。

私が最初にこの人のことを知ったのは'90年にヴァージンから"La Raza"で再デビューして、
チカーノ色を全面的に出して活動するようになってからなのですが、エレクトロ物を集める
ようになってからLA産ヒップホップの黎明期から居た大御所だと再認識、中でも
完成度の高いこの曲にヤられてしまったのでした。






Arthur Baker "Breaker's Revenge" (Atlantic 86931) 1984

arthurbaker.jpg
アーサー・ベイカーは'55年ボストン生まれの白人プロデューサー。
当初は地元でガラージュ系のお皿を廻すDJとして活動を始め、
現地のミュージシャンのレコードをプロデュースしたりもしたそうですが、
DJ中心の仕事に限界を感じ、本格的に音楽制作業を行うため'77年ごろ
NYに赴きます。

NYでは多くのクラブを廻って業界の大物たちと親交を深めたのですが、
DJ業をやるでもなかった彼にはこれといった収穫もなく(同郷のジョン・
ルオンゴらがリミックス業を始めたのを横目に悔しい思いを
していたそう)、自腹を切ってレコード制作を始める決意をします。

フィラデルフィアのギャンブル&ハフの作品を敬愛していたベイカーは、
自身のグループ、ノースエンドでフィリー流儀のダンス・ナンバーを
制作、ミックスをガラージュ系の大御所トム・ムールトンに任せた
おかげもあって評判も上々で、ラリー・レヴァンら有名DJ達がこぞって
プレイし、プロデューサーとして好調な滑り出しを切りました。

つづいてベイカーはトム・シルヴァーマンが設立したばかりのトミー・
ボーイ・レーベルのアーティストのプロデュースを依頼され、グウェン・
マクレーの「ファンキー・センセーション」のカヴァー・ラップを制作。
これがアフリカ・バンバータ&ジャズィ・ファイヴの"Jazzy Sensation"で、
3万枚を売り上げるヒットとなり、さっそく続いて作られたのが既に紹介済みの
「プラネット・ロック」になるわけです。

「プラネット~」をはじめとしたバンバータ~ベイカー~ジョン・ロビーの
体制による4枚のシングルは、全てエレクトロの古典といっていい名曲で、
何れ他の3枚も紹介の予定ですが、そんな絶好調期のベイカーが音楽監督を
依頼されたのが映画「ビート・ストリート」。サントラに収録されて
いるのが今回の「ブレイカーズ・リヴェンジ」です。

映画ではブレイク・ダンサー達のバトル・シーンで使用されるこの曲は、
そんな先頭開始の合図を告げる非常にカッコイイ曲。ドラム・マシンと
パーカッションが性急なビートを刻み、ウネるベースの間にベイカーの
作品の声ネタが次々と投げ込まれ、オルガン風のシンセがキャッチーな
リフを繰り返し、ラテン・リズムのビアノが煽りを強調する...サンプルした
"Break!Ooh!Break!"の掛け声もマッチョな気分を盛り上げます。ラップが
入ってないことを除けば、「エレクトロ期」のベイカーの音作りの集大成
みたいな曲と言っていいでしょう。後半のブレイク部分で打ち込みドラムを
超高速でロールさせるところとかもいい意味で「やっちまった感」ありで、
アドレナリンが出ます。なお、あまり目立ってない(笑)ヴォーカルとビアノ
を担当しているのは、ソロ・アルバムも数枚発表しているギャビン・
クリストファー。

この後のベイカーは、唄もの~ラテン・フリースタイル~ハウス寄りの
作品が多くなり、ヒップホップ系の曲はクリミナル・レーベルで細々と
出した程度でしたが、エレクトロ史に欠かせない名プロデューサーである
ことには変わりありません。

なお、今回のベイカーの経歴は、イギリスのDJHistory.comというサイト
インタビューを参考にしました。元のページには上の分よりはるかに
詳しくいろいろと書かれていますので、興味のある方は読んでみて下さい。







Strafe "Set It Off" (Jus Born JB 001) 1984

strafe.jpg
ストレイフはNYブルックリン育ちのスティーヴ・スタンダードの
ソロ・プロジェクト。詳しい経歴は不明ですが、ニュークリアスの
コズモ・Dとは古くからの友人で、この曲で使用しているTR-808は
彼から借りたものだそうです。ヒット曲はこの一曲しか無いのに
現在も元気に活動中で、ご本人のMySpaceでは星型のバクハツ・ヘアー
姿が拝めます。

"Set It Off"はジャス・ボーン・レーベルの第一弾リリースでもある
デビュー・シングル。ミックスを手がけているのが、このレーベルの
オーナーでもあったウォルター・ギボンズです。

ギボンズはブルックリン生まれで20代の前半からDJを始め、レコードの
2枚使いでブレイク・ミックスの絶妙な技を披露、その後はテープ・
エディットも使用してより緻密なディスコ・ミックスを独自に作成する
ようになります。その噂を聞きつけたサルソウル・レーベルが
彼にダブル・エクスポージャーの"Ten Percent"のリミックスを依頼し、
完成した曲は世界初のコマーシャルな12インチ・シングルとして
リリースされた、というのは有名な話です。編集によって原曲にない
ドラマチックな展開を生み出すことと、ダブの影響も感じる異様な
空間処理で聴いている人をアッと言わせるのが彼のミックスの特徴だと
思います。

音のほうは、チープさを逆手に取ったようなドラム・マシンの音色、
ファズがかかったようなキーボード、生演奏と思しきパーカッション
(ただしこちらもかなりチープな音)等がギボンズ独特のミックスで
ねっとりと絡みあい、不思議なテンションがみなぎっています。
ラップと唄ものの中間のようなヴォーカルもはっきり言って
下手なのですが、声質に独特なトンガリ感があり、トラックとの
相乗効果でネバネバしたアングラ風味を醸し出しています。
"Set it Off I Suggest You x2 Set it Off"と繰り返すだけの歌詞ですが、
一度聴いたらしばらく耳から離れない強烈なリフです。

トミー・ボーイあたりのエレクトロと比べると音色が妙に生っぽく、
ダメな人には受け付けないタイプの曲だとも思いますが、ヒップホップで
なくクラブ/ガラージュ方面から出てきたエレクトロとして、忘れられない
曲です。





The Caution Crew "Westside Storie" (Galleon GAL 0621) 1983

cautioncrew.jpg
コウション・クリューはカリフォルニアのガレオン・レコードから
2枚のシングルをリリースしているグループ。メンバーはこの後
2ライヴ・クルーに参加するマーク・ロス、ワン・デフ・クランこと
P・スミス、この後ジョー・クーリーとデュオを組むロドニー・Oの3人
です。プロデュースのクリフ・リッチー・Jr.はガレオンの他のリリースや
ライター・シェイズ・オブ・ブラウンのセカンド等を手がけている人で、
西海岸を拠点に活動しているらしいこと以外の詳細は不明です。

音のほうは非常にシンプルで、DMXのドラム・マシンと単音を繰り返す
シンセ・ベース、それにシンセのアルペジオが鳴る中、3人のラッパーが
順に登場する感じ。ド頭から火花のようなハンド・クラップ音が鳴り、
メタリックで冷たいドラムの音色が不穏な空気を醸し出しています。
ラップのトーンもどこか醒めた雰囲気で、この曲を「最初のギャングスタ・
ラップ」と評する人も居るようです。当時わずか15歳だったという
ロドニー・Oのラップも(おそらく2番めに登場する声)、言われてみれば
あどけなさを感じないでもないけど、めいっぱいイキがっていてなかなか
サマになってます。

この曲に関しては、とにかくカチカチのハンド・クラップ音にヤられて
しまいました。個人的には前回のハッサン&7-11と並んで、カッコ良い
ハンド・クラップの双璧だと思います。

西海岸のエレクトロは、エジプシャン・ラヴァーやワールド・クラス・
レッキン・クリューに代表されるような、BPM早め、TR-808使い倒しみたいな
ものが多い中、全く違う作風のこの曲にグッと来たというのはなんだか自分の
好みがバレてしまうようです...


Hassan & 7-11 "Cold Rock Stuff" (Easy Street EZS 7519) 1985

hassan.jpg
ハッサン&セヴン・イレヴンはハウス/ガラージュ方面では
よく知られたイージー・ストリート・レーベルからシングルを
3枚リリースしているグループ。"Cold~"は彼らの3枚めのシングルです。
中心メンバー(彼ひとりのプロジェクトかも)は作曲者のクレジットに
あるドゥエイン・ジョーンズと思われますが、詳しいことは不明です。

プロデュースはスウィート・ソウル関連の作品で知られるジョージ・カー。
'60年代からニュー・ジャージーを拠点に活動し、リンダ・ジョーンズや
エスコーツ、ホワットノウツ等の作品で知られています。ソロ・アルバムも
数枚リリースしていますが、こんなヒップホップ系のアーティストまで
手がけているとはこの曲を手に入れるまで知りませんでした。コ・プロデュースの
サム・カリーもジョージの作品に多数関わっている人ですが、単独でも
ファットバックの'70年代末の数作に参加したりしています。

この曲はベースレスで、トラックを構成するのはドラム・マシンと
スクラッチのみ。オーバーハイムDMXのドラムとハンド・クラップに
ディレイがかけられ、ところどころでスクラッチで声ネタが"Cold Rock Stuff!"と
差し込まれ(使用しているレコードはジャズィ・ジェイの"Cold Chillin'
in the Spot")、サビの部分ではスネアとハンド・クラップがダダダ...と
連打されるだけなのですが、非常にカッコ良いです。ハッサンのラップも
T・ラ・ロックに通ずるファンキーな味でシングルのみで終わってしまったのは
残念な感じ。中盤で何故か息子と思しき子供ラッパーも登場しますが...

因みにハッサンの他のシングルは、ジャズィ・ジェイ&レジー・グリフィン参加の
"City Life"、ヴォーン・メイソン(Vaughan Mason)やマーリー・マールが参加した
"Emotions Can Be Serious"どちらもカッコ良いので、そちらも見かけたら買って
おいて損はなしです。3枚全てジョージ・カーのプロデュースなのですが、
同時期の他のジョージ作品と比べても音がダイナミックでひと皮むけている
感じ。イージー・ストリート絡みの時だけスタッフが優秀なのでしょうか。



High Fidelity Three "B Boys Breakdance" (Cutting CR 202) 1984

highfidelity.jpg
ハイ・フィデリティ・スリーはカッティング・レコーズから
ハシム、インペリアル・ブラザーズにつづいて登場したアーティスト。
彼らに関する詳しい情報も全くわからず、メンバー名も作者のクレジットに
あるロブ・メイブリー、マイク・キッド、ウォーレン・マクドナルドの3人であろう
ということしかわかりません(これもあくまで推定)。音を聴いた感じでは
ラップは二人分の声しか判別出来ないのですが...

プロデュースはこの当時のカッティング関係を一手に引き受けるハシムこと
ジェリー・キャリステ.Jr。既に紹介済みの"Al-Naafyish"と違い、ラッパーが
参加しているため今作ではストレートなヒップホップ・ビートが鳴っています。
TR-808にエフェクトをかけて、重低音の効いた「ズドーン」というドラムが
鳴り響くのがまず印象的。そこにフレディ・フレッシュ曰く「ラップ界で
最もドープなベース・ライン」だというシンセ・ベースが絡んでヘヴィさを
深めています。ラップはそれほど巧くないのですが、それでもユニゾンで
"B-Boys, B-Boys Breakdance!"と繰り返すサビは強力。けっきょくはビートの
強さに押し切られて「カッコイイ...」とつぶやいてしまう私なのでした。

また、B面のインストはラテン・ラスカルズの二人が初めてエディットを担当した
曲としても知られています(ただしアルバート・カブレラはインタビューで
初のエディットはファンタジー・スリーの"It's Your Rock"だと主張)。
後年の、ハサミを入れまくった過激なエディットと比べると、はっきりと
聴いてわかるのは終盤のドラム・ソロ部分のみのシンプルな内容です。
もともとビートの「立って」いるこの曲だとあえてエディットするのはここ位と
判断したのか、それとも初仕事で遠慮したのか。そんな効果もあって、
このインストのほうがA面よりも出来が良い、とする人も居るようです。







The Russell Brothers "The Party Scene" (Portrait 4R9 04086) 1983

russellbrothers.jpg
ラッセル・ブラザーズはこのシングル一枚のみで消えてしまった
謎のグループ。いくら調べても経歴はおろかメンバーのフル・ネーム
すらわからない状態で、どちらもR.ラッセルという名の兄弟二人に
よるグループだろう、ということしか言えません。

レーベル上のクレジットである程度マトモに経歴が見えるのは
エンジニアのフランク・ヘラーとプロデュースのラリー・ジョセフぐらい。
フランクはNYのユニーク・レコーディングを拠点に活動しているミキサー/
エンジニアで、同時期にはほかにジョンザン・クリューやニュー・エディションを
手がけています。ラリーは'80年代初頭からスパーク(Sparque)やキャッスル・
ビート等の、主にディスコ/ハウス方面の作品を手がけてきたプロデューサー。
'90年代は完全にハウスの人になってしまいますが、この時期だとトミー・
ボーイから出ていたヒップホップ・ビートにレゲエのベース・ラインを絡ませた
ユニークなグループ、プレッシャー・ドロップのシングルも彼の作品です。
プレッシャー~もシングル一枚だけしか出していないので、この頃は
スタジオ・ミュージシャンを適当に集めた覆面グループをいくつも
送り出していたのかもしれませんが。

音のほうは生ドラムとDMXを組み合わせたリズム、ヘヴィなシンセ・ベース、
グルグル廻る電子音等が絡まりあうファンキーなトラックがカッコ良い
エレクトロ。ルーズでワルそうな雰囲気のラップもイイ感じです。
各楽器の鳴りがやたらと良く、いま聴いても古びていないと思います。
個人的にはエレクトロではトップ3に入るぐらいのお気に入りの一枚です。

昨年夏ごろまでの私は3年間ぐらいひたすら'80年代前半の「ブギー」と言われる
ディスコ・ファンク/エレクトリック・ファンクを聴いていたのですが、
この曲を聴いて好みがエレクトロ方面にシフトしていくことになったのでした。

ラッセル・ブラザーズはプロモ・オンリーで出していたこんな7インチ・シングル
昨年オークションに出品され、海外の掲示板では単独のスレッドが立つほど話題に
なりましたが、この12インチと全く同じトラックをバックに、ポートレイト・
レーベルの親会社CBSのことをひたすらヨイショし続けるという、なにかCBSの
社内イベントのために作られたような内容で、いいんだか悪いんだか...という
感じでした。ファンなのでそれでも欲しいんですけどね。落札額はラップの
7インチとは思えないとんでもない金額になってました...






Shannon "Let The Music Play" (Emergency EMDS 6540) 1983

shannon.jpg
シャノンはワシントンDC生まれ、ブルックリン育ちの女性シンガー。カレッジ在学中に
ニュー・ヨーク・ジャズ・アンサンブルの楽団に歌手として参加し、その際に知り合った
レニー・ホワイトのレコーディングに参加する等、当初はセッション・シンガーとして
活動していました。

'83年の秋に、当時は新進のプロデューサーだったクリス・バーボサとマーク・リゲットは、
彼らの作ったデモ・テープにヴォーカルを重ねてくれるシンガーを公募し、オーディションに
最初にやって来たのがシャノン。その日のうちに彼女はスタジオで曲を覚え、ヴォーカル入れを
行って、仕事を終え二人に礼を言って帰宅。本人はあくまでデモへの唄入れで、いつものセッション・
シンガーの仕事のひとつとして考えていたとのこと。

ところがその数週間後、"Let The Music Play"と題された自身の曲がNY中のラジオ局から
流れてくるのを聴き、驚いた彼女はスタジオにまた呼び出されてアルバム用の曲を録音する
ことになった...というのがこの曲の出来たいきさつです。

私もこの曲を初めてFENで聴いたときのことはうっすらと覚えています。イントロの
何かが膨らんで破裂するような「シューッ、パン!」というSEのような音や、エフェクトの
かかったTR-808のビート、シンコペイトするブブブ...というシンセ・ベースに
ラテン・リズムを取り入れた鐘のような音色のキーボード。出始めの頃でまだ耳に慣れて
いなかったサンプリング楽器の音が新鮮で、音色の面で「新しさ」を感じました。

この曲はヒップホップではない完全な「唄もの」で、ダンス・ポップ/ディスコの範疇に
くくられることが多いですが、そういった音色の新しさ、打ち込み&シンセでのリズムの
面白さも考えあわせて、エレクトロ・クラシックのひとつに数えて良いと思います。

また、この曲は打ち込みディスコ・ビート、隠し味的なラテン・リズム、割とあっさり目の
女性(何故か女性が圧倒的に多い)ヴォーカルという組み合わせが、後に「ラテン・フリースタイル」
と呼ばれるようになるジャンルの元祖とも言われています。当時はラップも入っていないのに、
他に良い呼称もないため「ラテン・ヒップホップ」とも言われていたような...ジェリービーン
辺りの唄ものと合わさって、NY産のハウスへの流れに分かれていった気がします。






Man Parrish "Hip Hop,Be Bop (Don't Stop)" (Importe 12 MP 324) 1982

manparrish.jpg
マン・パリッシュはNY出身の白人マニュアル・ジョゼフ・パリッシュによるプロジェクト。
'70年代はアンディ・ウォーホルの周辺に出入りして、グラマラスなコスチュームや派手な
メイクでステージ・パフォーマンスを行い、ラブ&ドラッグに溺れたアングラ生活を送って
いたそう。'80年代に入ってからはレコーディングの現場にも関わるようになり、奇抜なメイクと
オペラ唱法で知られるニュー・ウェイヴ系のアーティスト、クラウス・ノミのアルバムに
エンジニアとして参加しています。

当時のパリッシュはブライアン・イーノのアンビエント・ミュージックに入れ込み、イーノが
運営していた「the Mud Club」に日参する一方で、ヒップホップのレコードに使われている
TR-808のようなリズム・マシーンの音にも抗えない魅力を感じるようになっていたとのこと。
また、クラフトワークの「アウトバーン」にも当然のように影響を受けたようです。

"Hip Hop, Be Bop"は彼が相棒のラウル・ロドリゲスと作り上げたデビュー・シングル。
パリッシュのHPに載っているインタビューによると、レコーディング当時同じスタジオの
隣で作業していたのがアーサー・ベイカーとジョン・ロビーで、彼らがバンバータの
"Looking For The Perfect Beat"を作っているのを横目に見ながら切磋琢磨していく感じで
レコーディングしていったとのこと。パリッシュのファースト・アルバムの中で、
この曲だけ作曲者のクレジットにジョン・ロビーが含まれているので、何か音作りで
アイデアを提供したのかもしれません。たしかにサビの部分でドカドカとドラムが乱打される
辺りがロビーの作風に近い気もします。

曲全体はTR-808のビートとハンド・クラップ音にアンビエント風なシンセが絡み、ところどころで
犬の吼え声と、タイトルを叫ぶ男性の声がするだけ! ひたすらその繰り返しです。当時今野雄二氏が
雑誌で「究極のヒップホップ」みたいな形容をしていたと記憶しています。ラップやヴォーカルなし
で、ヘヴィなビートとミニマリズムを極めたこの曲は、ある意味エレクトロの音響的な部分を
いちばんシンプルに表現していると言えなくもない、とは私も思います。

ただ、この人は経歴に表れているようにブラック・カルチャーやファンクの伝統からは全く関係ない
ところから出て来ているので、クロいウネリやファンキーな感覚を感じさせないところが
個人的には不満です。アルバムのほうには前述のゲイ仲間(?)クラウス・ノミやNYパンク方面で
知られた女性シンガー、チェリイ・ヴァニラも参加しています。HPではゴテゴテのメイクをした
パリッシュが拝めるこの曲のビデオ・クリップも見れますので、興味のある方はどうぞ。





The Jonzun Crew "Pack Jam (Look Out For The OVC)" (Tommy Boy TB 826) 1982

jonzuncrew.jpg
ジョンザン・クリューはフロリダ生まれ、ボストン育ちのマイケル・ジョンザンを
中心としたグループ。もともとはマイケルの兄のモーリス・スターらと共に
ジョンソンズという兄弟グループで活動し、地元のボストン・インターナショナル・
レーベルからシングルも発表していたのですが、その後マイケルを中心とし、血縁者
以外のメンバーも加えて再編されたのが4人組のジョンザン・クリューです。

デビュー・シングルは前述ボストン・インターナショナルから発表された"Pak Man"。
が、このシングルはごく少数しかプレスされず、トミー・ボーイが権利を買い取って
改題&ジェリービーンがリミックスを施して再発売されたのが今回のシングルになります。

抜けの良い打ち込みのドラムと独特のウネリを感じるスペイシーなシンセ、ユーモラスな
ヴォコーダー・ヴォーカルやSFとダンスを結びつけた歌詞...明るい時のPファンクを思わせる
宇宙サウンドで、ポップだけど非常に「クロい」感じがします。

コ・プロデュースで関わっているモーリス・スターは、既に自身のソロ・アルバムも発表して
高く評価されているような人でもあったので、音の整理の仕方、曲の展開のうまさに
プロの仕事を感じます。ちょうど唄ものとラップの中間のような持ち味になったのは
この人の功績もあるのかも。

初期のトミー・ボーイはバンバータとこの人たちによってエレクトロ路線を決定付けた(アルバム・
デビューはこちらの方が先ですし)こともあり、忘れられないグループです。






Whodini "Magic's Wand" (Jive VJ 12008) 1982

whodini.jpg
フーディニはNYはブルックリン出身のジャリル・ハッチンスとエクスタシーことジョン・
フレッチャーの二人組。サード・アルバム以降はDJのグランドマスター・ディーも正式
メンバーになったようですが、セカンドまではMCの二人だけがジャケットに写っています。

'81年に結成された彼らはNYのラジオ局WBLSの人気DJだったミスター・マジックに目をかけられ、
彼の口添えもあってUKのレーベルのジャイヴとの契約に成功。デビュー・シングルがこの曲に
なります。

この曲で驚くのはプロデュースをトーマス・ドルビーが担当していること。イギリスのテクノ系の
白人アーティストであるドルビーは、この翌年に"She Blinded Me With Science"をアメリカでも
ヒットさせて一般的にも知られるようになりますが、当時は全く無名の存在の彼を全く畑違いの
ラッパーと組ませるというのもなかなか大胆な戦略だと思います。彼らは3枚目のシングル
"Rap Machine"でもジャーマン・ロックの鬼才、コニー・プランクにプロデュースを委ねるという
ミスマッチなタッグを組んでいて、こういう突飛な人選もプロモーションの一種と考えていた
のかもしれません。因みにB面のエクステンデッド・ミックスを担当しているのはハウス/ガラージュ畑の
ティー・スコットです。

音のほうは、そんな心配をよそに(?)なかなかカッコ良いエレクトロ・ファンクに仕上がっています。
シモンズ・ドラムやフェアライトCMIといった、一般的なエレクトロではなかなか使われない高めの
デジタル楽器の音がバンバン出てくるのはエレポップ先進国だったイギリスのアーティストならでは、
という感じ。ドルビーはファンキーな曲もけっこううまいことは後年の作品からわかりましたが、
今作もピタリとハマったようです。

ラップの内容は彼らの師匠ミスター・マジックをメインに、ヒップホップがストリートから
如何にして広まって行ったかを述べたもの。当時はようやくヒップホップのアーティストが
フル・アルバムを定期的に出すようになったぐらいの時期で、「これからオレ達がこの音楽を
広めていくんだ」的な気概も感じます。

彼らはデビュー時期がほぼ同じで二人のMCの掛け合いラップというスタイルも似ていたラン=DMCと
当時よく比較されていましたが、ギターをフィーチャーした激しいサウンドがウリだったラン~に
対して、「ラップ・マシーン」の曲名に象徴されるようなテクノ系の音をウリにしてようとして
いた風に思えます。ただ、曲がカッチリとポップにまとまり過ぎていること、前回のニュークリアス
同様カース・ワードを使わない健全なスタンス等が、「ワルい」ことがカッコ良いとされるこの世界では
マイナスに作用して、徐々に差をつけられてしまったのでした。






Newcleus "Jam On It" (Sunnyview SUN 411) 1984

newcleus.jpg
ニュークリアスはNY出身のベン"コズモ・D"シナックを中心としたグループ。彼のいとこの
モニーク、モニークと結婚したボブ"チリー・B"クラフトン、グループ加入後コズモDと
結婚したイヴェットがメインのメンバーです。

'76年頃からカレッジ・バンドとして活動を開始し、当初はソウル/ファンク的な「唄もの」
グループだったようですが、'79年頃にストリートで演奏中に見たBボーイたちのパーティに
衝撃を受け、それからはメンバーにDJも加えてヒップホップ的な音楽性に徐々に変化していった
とのこと。

'83年にどマイナーなMay Hewレーベルから発表したシングル"Jam-On's Revenge"が、サニービュー・
レーベルに買い取られて再リリースしたところ大ヒット、それに続いて発表されたのがセカンド・
シングルのこの曲になります。

シンプルなフレーズを繰り返すシンセ・ベースとTR-808のビート、エレクトロのグループの中でも
特にSFぽさを感じさせるスペイシーなストリングス・シンセが印象的。デビュー曲では子供ロボ声の
ラップが「エレクトロ版チップマンクス」というイメージを与えていましたが、今作でもその声が
男声ラップと絡んで、どこかかわいらしい曲になっています。

彼らは当初は「ポジティヴ・メッセンジャー」というグループ名で活動していたそうで、メンバー全員が
敬虔なクリスチャン、歌詞にはダーティな言葉は使わない(デビュー曲に「リベンジ」という言葉が
入ることにすら躊躇したそう)など、健全明朗なスタンスがそんなかわいらしさを生んでいる
のかもしれません。

また、コズモはキーボード、ボブはベース(以上二人がラップも担当)、二人の女性は(ラップでなく)ヴォーカル、
ライブではこれにギターやDJ要員のメンバーも加わって演奏するなど、彼らは珍しい「ヒップホップ・バンド」
でもありました。もともとはスクール・バンドを母体としているので自然な流れだったのかも
しれませんが。





The Egyptian Lover "Egypt,Egypt" (Freak Beat DMSR00661) 1984

egyptianlover.jpg
エジプシャン・ラヴァーはロサンゼルス出身のグレッグ・ブルッサード(Greg Broussard)の
ソロ・プロジェクト。高校時代から自作のミックス・テープを手売りして、地元では
ちょっとした有名人だったという彼は、その後LA周辺のDJが集まるアンクル・ジャムズ・アーミー
のクルーに加入して、西海岸での人気を高めていきます。

'83年にテレビのドキュメンタリー番組のサントラ盤"Breaking & Entering(25枚しかプレス
されなかったという激レア盤!)"で初レコーディングを経験し、その後アンクル・ジャムズ・
アーミー名義でのシングル"Dial A Freak"を発表(ただしこれは実質彼のソロ作品とのこと)、
それに続いてリリースされたのが初のソロ名義のこのシングルになります。

基本的にはこの曲は「プラネット・ロック」の亜流と言ってよいと思います。
クラフトワーク「ナンバーズ」の影響が大の打ち込みビートとそれに続く
ストリングス・シンセの入り方はまさにそんな感じ。ヴォコーダー・ヴォイスが
"Egypt,Egypt"と繰り返すのと後半のシンセ・ソロが中近東風メロディを
奏でる部分も「プラネット~」のヴァージョン違い、エジプトがモチーフに
なっているのが新機軸という程度です。

決定的に違うのは要所要所でハイハットのように入る「ハー、ハー」という
喘ぎ声のようなSE(大元はクラフトワーク「ツール・ド・フランス」)と
グレッグ自身のラップ。低音でヌメヌメした声質の彼のラップは
ボソボソとつぶやくようなスタイルともあいまってモロにあの行為を連想させます。
スローな曲を唄う時のバリー・ホワイトみたいな感じとでも言えばいいでしょうか。
そう言えばベスト盤のタイトルは"King of Ecstasy"でした。

エロ魔王で斬ってしまうのも可哀想なので別のフォローもすると、この人は
作曲/演奏/プロデュース/ラップ/DJまで全て自分でやってしまうところは大した
ものです。クラフトワークと並んで影響を受けたというプリンスを意識している
のかもしれません。B面に収められた"What is a D.J. If he can't scratch?"という曲は
無能なDJ/ラッパーたちを揶揄する内容です。

オークションで入手したこのシングルには、ジャケットにエジプシャン・ラヴァーご本人と
思しきサインが入っているのですが、エレクトロ一筋、この人は今もLAで毎日ライヴを
演っては終演後にはこうしてレコードを手売りして元気にやっているのだろうなあと思うと
嬉しくなってしまいます。

eloverautograph.jpg
サインはこんな感じ。
ケヴィン、オマエは今何処へ...







Herbie Hancock "Rockit" (Columbia 44 03978) 1983

herbiehancock.jpg
ハービー・ハンコックはシカゴ出身のジャズ系ピアニスト/キーボード奏者。'60年代前半から正統派ジャズ・
ピアニストとして活動し、リリカルなトーンと繊細なタッチが高く評価される一方で、メジャー・レーベルとも
契約した'60年代末以降はファンク/ソウル畑も意識した斬新な作品も多数発表しています。

今作はその当時NY周辺で注目を集めつつあった前衛ジャズ集団、マテリアルの面々がプロデュースした
作品。マテリアルはベーシストのビル・ラズウェル、キーボード/プログラミングのマイケル・ベインホーン、
それにOAOスタジオのエンジニアだったマーティン・ビシを中心としたユニットで、この前年に
シックのメンバーやノナ・ヘンドリックス等ソウル系のミュージシャンを多数ゲストに迎えた
ファンク/ディスコ色強いアルバム"One Down"を発表して、ジャズ以外のサークルからも
注目を集めていたところでした。

前回紹介したマルコム・マクラレンの「バッファロー・ギャルズ」を偶然耳にして
ヒップホップ/スクラッチに興味を持ったハービーが、NYで同様のヒップホップ/エレクトロ・
ファンクを追求していたマテリアルのことを知って、マネージャーのトニー・メイランドを
通じてプロデュースを依頼して今作のコラボが生まれたそうです。

いきなりスクラッチ音で始まる強烈なイントロとデジタル・シーケンスがむき出しの
打ち込みのビート、こちらもマテリアル組常連のダニエル・ポンセのバタ・ドラムと
ファロア・サンダースの"Tauhid"から引用したというベース・ライン...主役の
ハービーのキーボード・ソロが陳腐なモード風なのがちょっとアレですが、
リズム・アレンジが冴えているのでこの曲はカッコ良くキマっています。

特にこの曲の実質的な主役と言っていいのがスクラッチ/ターンテーブルの
グランド・ミキサー・D.ST。もともとドラマーだったという彼のスクラッチは
他のDJのそれと比べてもリズム感が正確無比で、完全にリズム「楽器」として
曲全体を引っ張っています。因みにこの曲でDSTが使用しているレコードは
ファブ・ファイヴ・フレディの"Change The Beat"のB面だとのこと。

マテリアル周辺のミュージシャンが在籍していたセルロイド・レーベルも、もともとは
ジャズ系のレーベルなのにこの前後からヒップホップ色強い12インチを多数リリースする
ようになり、一時期レコ屋のヒップホップ・コーナーの棚がこのレーベルだらけに
なっていたこともありました。

「バッファロー・ギャルズ」がイギリスでスクラッチ/ヒップホップを広めたのと
同じ役割をアメリカで果たしたのがこの曲だと言えるのではないでしょうか。






Malcolm McLaren & the World's Famous Supreme Team "Buffalo Gals" (Charisma MALC 12) 1982

malcolmmclaren.jpg
マルコム・マクラレンはイギリスの白人アーティスト。もともとはミュージシャンではなく、ロンドンで
ヴィヴィアン・ウェストウッドと共にブティックを経営していたのが、店によく来ていた若者たちを
集めてセックス・ピストルズを結成させ、自身は彼らのマネージメントを行ってパンク・ムーブメントを
引き起こした...みたいな話はパンクの歴史本等で必ず語られる部分だと思います。

その後もアダム&ジ・アンツやバウ・ワウ・ワウ等を仕掛けて成功を収めるのですが、
マネージメントではなく自らミュージシャンとしてデビューする際に眼を付けたのが、当時は
まだまだNY周辺のローカルな流行だったヒップホップ、その中でもスクラッチでした。

曲全体は当時売れっ子になりかけていたトレヴァー・ホーンのプロデュースで、手堅くポップな
エレクトロ・サウンドに仕上がっています。当ブログで紹介する他のレコードと比べても
使用楽器やスタジオ・ワークのお金のかかり方はケタがひとつ違う感じ。
そこに強烈なインパクトを与えているのが、イントロや間奏部分で鳴らされるスクラッチの
グシャグシャ音でした。

当時ヒップホップを全く知らなかった私も「なんかNYではこういうレコードを手でコスって
乱暴な音を出すのが流行ってるらしいぞ」と衝撃を受け、徐々にヒップホップに興味を
持つようになっていたわけで、そういう意味ではまんまとマルコムの策略にハマって
いたのでした。

マルコム本人のヴォーカルは甲高い素人声でリズミックに合いの手を入れる程度のもので、
ラッパーとしての評価はしようがない感じですが、流行りを嗅ぎ付ける鋭さ、ウサン臭いけど
何処か惹かれてしまう部分に関しては、ご本人が亡くなった現在も変わりません。

因みにB面には"Trad Square"と副題が付けられた同曲の別ヴァージョンが収められており、
アコギやフィドルが大活躍する(ヒップホップ度ゼロの)トラッド調のアレンジに変わっていて、
こっちの方がイギリスの白人としては地が出ているのかなあ、と思ってしまいます。






Hashim "Al-Naafiysh(The Soul)" (Cutting CR 200) 1983

hashim.jpg
ハシムはプロデューサー/キーボード奏者のジェリー・キャリステ・Jr.のソロ・プロジェクト。
16歳の時に50ドルで買ったカシオのキーボードで独学で演奏を覚え、その1年後に
カッティング・レコードと契約して発表したのがこのデビュー・シングルになります。

ハシムはラッパー/ヴォーカリストではないのでこの曲もヴォーカルはなし、
タイトルを連呼するヴォコーダーのロボ声が要所で出てくるだけで、
基本的にはインストのエレクトロです。

シンセ・ベースやキーボードが順にソロを取り、サビにあたるストリングス・シンセが
ビート無しで挟み込まれた後ドラムのみのリズム・トラックがあってまたシンセの
フレーズに戻る...といった繰り返しで非常にシンプルな構成なのですが、
使われている音色の気持ち良さ、徐々に音が厚くなっていったと思ったら
サビとドラム・ソロでスッと抜けて開放される、という展開の妙にヤられて
しまいます。

BPMが早めでハウスやテクノの曲とのミックスにも対応可能なため、ヒップホップ畑以外でも
人気が高く、イビザ周辺とかのヨーロッパのクラブでも定番になっているようです。

アーティスト名や曲名にうかがえるアラブ/イスラム趣味に関してはどういう理由に
よるものかは不明。サビのフレーズがそれっぽいと言えばそうでもありますが。






Afrika Bambaataa & the Soul Sonic Force "Planet Rock" (Tommy Boy TB823) 1982

planetrock.jpg
エレクトロの12インチを紹介する時に最初に挙げるのは
これしか無いでしょう! ということでまずは「プラネット・ロック」からです。

アフリカ・バンバータ(以下バム)の経歴についてはいろいろなところで
詳しく述べられていますので省略しますが、これ以前にもポール・ウィンレイから
2枚のシングルとライヴの模様を収めたアルバムを1枚をリリースし、
またBOZO MEKOから出ているシングル"Fusion Beats Vol.2"でもアフリカ・イスラム&
ジャズィ・ジェイと連名でDJプレイを披露しています。

また、トミー・ボーイからもこの前にバム&ジャズィ・ファイヴの名義で
"Jazzy Sensation"をリリース済みだったのですが、ここまでの
作品はファンキーな生演奏にラップを乗せた、いわゆる「ディスコ・ラップ」的な
ものか、レコードのブレイク部分をミックスしていくDJミックス作品であったのに
対し、「プラネット~」ではこの後「エレクトロ」と呼ばれるスタイルを
いきなり完成させて世界中に衝撃を与えました。

この曲が出来た経緯に関しては米「Wax Poetics」誌の21号(日本版は7号)に
詳しく書かれているので興味がある方は読んでいただきたいのですが、
この曲以前からクラフトワークの曲は黒人たちの間でもアングラ・ヒット的に
浸透していてDJハリウッドらが盛んにプレイしていたこと、
また、メンバー内で最初にクラフトワークのレコードを持ってきたのは
バムだったが、その曲に合わせたリリックを最初に書き始めたのは
ソウルソニック・フォースのメンバーだったGLOBEとパウ・ワウだった...
なんて辺りはこの記事を読んで初めて知りました。

クラフトワークの「ナンバーズ」のビートに「ヨーロッパ特急」の
シンセを乗せた、ということはよく言われますが、その他にも
キャプテン・スカイの"Super Sporm"のドラム・ブレイク部分を
参考にしていたこと、後半のシンセ・ソロ部分にはE・モリコーネ作の
ウェスタン「夕陽のガンマン」のメロディが引用されていること、
日本語「イチ、ニ、サン、シ!」の掛け声や当時はまだ珍しかった
派手なオーケストラ・ヒット等、さまざまなアイデアが詰め込まれていて
ヒットする曲というのはこういう曲なのだなあと改めて聴いて思います。

それらのアイデアの元は殆どバムから出たものなのでしょうが、
それらをまとめ上げて「エレクトロ」のスタイルを確立した
プロデューサーのアーサー・ベイカー、そして実際の演奏の
殆どを行ったジョン・ロビーの功績も大と言っていいでしょう。






Freddy Fresh "Freddy Fresh presents The Rap Records" (Nerby Publishing) 2004

raprecords1st.jpg
次回から、'80年代のエレクトロ~オールドスクール・ヒップホップのアナログ盤を
紹介していきます。

今回の画像はこの手のレコードを集める人たちのバイブル、フレディ・フレッシュの
本の表紙です。昨年改訂/増補されて分厚くなった版も出ましたが、アマゾン等で
簡単に入手出来るのはこのファースト・エディションのようなので、とりあえず
こちらを載せてみました。




プロフィール
クロい音楽全般が好きなのですが、 ここではエレクトロとオールド・スクールの アナログ盤に絞って紹介していきます。

KDMX

Author:KDMX

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
01 | 2011/02 | 03
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 - - - - -
counter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。