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John Carpenter"The End"(ZYX 5025)1983

johncarpenter01.jpg

ジョン・カーペンターは'48年ニュー・ヨーク生まれの映画監督。'70年代半ばに
カルト作「ダーク・スター」で長編監督デビューし、'78年の「ハロウィン」が
大ヒットして名声を確立、以降も「遊星からの物体X」、「ゼイリブ」、
「ゴースト・オブ・マーズ」等SF/ホラー系を中心に数多くの作品を発表し、
日本でも根強い人気を保っています。個人的にも、「遊星からの~」は好きな
映画ベスト10に入るぐらいのお気に入りの一本です。

彼は初期の作品では劇中で使用する音楽も自ら作曲/演奏することも多く、今作も
彼が映画用に作った曲をリメイクしたもの。なんでもプレスリーとビーチ・
ボーイズの大ファンでもあるそうで(アメリカの白人男性ど真ん中って好みですね...)、
音楽好きが高じてCoupe De Villesなるバンドでレコーディングも行っているようです。
ギター/ベース、キーボード/シンセを操り、プロデュースまで自ら行っているぐらい
なのでかなり本気ですね。

"The End"は'76年の監督2作め「要塞警察(Assault On Precinct 13)」の中の曲を
使用したもの。映画のほうはむかしTVで深夜に放映したのを見たことがありますが、
いかにも低予算という作りではありながら、緊迫感あふれる銃撃戦が闇の中で
繰り広げられるアクションで、なかなか面白い内容でした。

このシングルは、映画の公開から7年経った'83年に、何故かドイツのZYXレーベル
から唐突にリリースされたもの。日本では殆ど知られていないようですが、この曲は
エレクトロ・クラシックとして人気があり、たびたび話題になっていたようです。
オリジナル公開当時はサントラも発売されていなかったのに、映画自体がすっかり
忘れ去られた時期になって出るというのもすごいですね。前年に公開された
「ブレードランナー」のヴァンゲリスによるサントラの影響もあるのかもしれません。
じっくり聴き比べないとわからないのですが、音源は全く新たに録音したもので、
ドイツ人のラルフ・ヘニングスなる人物がプロデュース/演奏を担当しています。

スタートと同時にゲイト・リヴァーヴのかかったDMXがミディアム・テンポの
ビートを刻み、短くノイズ風のアクセントが入った後、原曲と同じ(カーペンターが
ツェッペリンの「移民の歌」のギター・リフから引用したという)シンセのリフレインが
鳴り響きます。つづいてシンセ・ベースがそれに呼応したフレーズを繰り返し、
更にその上を高音のシンセが同じフレーズを弾いていきます。何度かその流れが
繰り返された後、ドラム・ブレイク~ストリングス・シンセがソロを取るブリッジが
入り、その後は再び冒頭のリフが戻ってきて、わずかにアドリブぽく変調していきながら
インストのままフェイド・アウトします。

原曲ではペナペナのリズム・ボックスがビートを刻んでいたのですが、今作では
DMXのビートがドスドスと派手に響いていて、そこが「ディスコ・ヴァージョン」と
銘打つところなのでしょう。ヴォーカルも入らず、ダークなリフがひたすら続く
ミニマルな展開は単調にも思えますが、エレクトロ好きにはそこがツボなようで、
バンバータがシングルで引用(次回紹介します)したり、カール・クレイグや
ホアン・アトキンス等がたびたびプレイしたりしているそうです。






サントラのオリジナル・ヴァージョン




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Joy Vogel"Beat Box"(TLO TLO 9105)1986

joyvogel.jpg

ジョイ・ヴォーゲルは'80年代半ばにハリウッド周辺で活動していた女性シンガー。
本名はJoy Vogelbacherと言うらしく、そちらの名義では女優としても活動していて、
日本でも公開されたようなメジャー作品への出演歴も残しています。

'59年生まれとのことなので今作リリース当時は27歳。フランス盤のピクチャー・
ジャケット
を見ると白人で、なかなかの美女です。この前年に"The Girl"という
シングルでデビューし、"Beat Box"は2作目になります。

彼女の作品に毎回関わっているのが作曲家/プロデューサーのロバート・マーサー。
ロバートは'47年生まれの白人男性で、'82年ごろからプロデュース業を開始、
自身のレーベル、マーサー・プロジェクトではダンス・ポップ系の作品を作りつつ、
白人ブルース・バンドのマイティ・フライヤーズやダグ・マクリオードのグループ
等にも関わり、'00年前後からはジョエル・R.L.・フェルプス&ザ・ダウナー・トリオ
なるオルタナ・ロック系バンドのベーシストとして活動しています。ここら辺の
作品は私の管轄外なので正直全くわかりませんが...

"Beat Box"はジョイとロバートの共作で、トラックの演奏はおそらく大半をロバート
が行っています。スクラッチを担当しているジョニー・リヴァースはこの後ゲフィンから
メジャー・デビューする7A3や、アイス・Tのライム・シンジケートとの関わりをもつDJ。
エンジニアのブッカー・T.IIIは「グリーン・オニオンズ」等で知られるあのオルガン奏者の
息子です。

スタートと同時に重低音の打ち込みビート、ブヨブヨのシンセ・ベースをバックに、
ラジオDJに扮した男性がナレイションをはじめ、曲を紹介します。ヴォコーダーが
客を煽るように短く唄った後、ジョイのラップがスタート。あどけなさの残るギャル声で
いちおうリズミックに喋ってはいますが、韻も怪しいし、形だけ「ラップしている」
みたいなタイプです。ブレイクで短くシンセ・ソロ~ビートにエディットが入った後、
ジョニーのスクラッチが1分ほど入り、両チャンネルを派手にスクラッチ音が飛び交います。
その後は童謡?かバロック?の有名曲(タイトルわからず)を引用したシンセのソロが入ったり、
ジョイがチップマンクス風のピッチ変更声と会話したりしてアクセントを付け、
終盤にヴォコーダーの長めのソロが入ります。

レーベルのTLOはデン・ハーロウ等のユーロ・ディスコ系の曲を主にリリース
している会社で、この曲もエレクトロ/ヒップホップというよりジャネット・ジャクソン
辺りを意識したダンス・ポップにスクラッチや女声ラップを乗せた、という感じ。
ジョイのヴォーカルをミュートしたB面の"Male Mix"のほうが、エレクトロ好きの
間ではナイス・ヴォコーダー・ファンクとして評価されているようです。



Hot Streak"Body Work"(Easy Street EZS 7503)1983

hotstreak.jpg

ホット・ストリークはソングライター/プロデューサーのカーティス・
ハドソンによって作られたグループ。'83年にこのシングル1枚のみを
残しています。

カーティスは当初は弟のレイモンド&ウェイド・ハドソン達と共に
ザ・プロフェッショナルズというグループを結成し、ニュー・ジャージー
周辺のチトリン・サーキットでカヴァー専門のクラブ・バンドとして
活動していました。そこにレイモンのガールフレンドの友人だった
女性シンガーのリサ・スティーブンスが紹介され、オーディションとして
E,W&Fの"Keep Your Head to the Sky"を唄わせてみたところ、リサの
声域の広さにカーティスが感嘆してすぐグループへの加入が決定。
そこから彼らはグループ名をピュア・エナジーと改めて、オリジナル曲を
演奏するレコーディング・アーティストを目指すことになります。

グループは'80年にディスコ系のレーベル、プリズムと契約して1枚のアルバム、
数枚のシングルを発表するのですが、セールス面ではパッとせず、活動は
停滞します。ここでのインタビューによると、彼らは本来はクロくて
ファンキーな音楽性を持っていたのに、レコードはディスコ系の軽い音に
作られてしまったこと、またレーベルが新しかったため、スタッフが
プロモーションのノウハウを持っていなかったこと等にカーティス達は
不満を持っていたようです。

その後、カーティスとリサの二人はプロテュース/ソングライティング中心の
裏方としての活動に廻るようになり、女性シンガーのマキシン・シングルトンや
妹のロウリス・ハドソン等のシングルを制作。スタジオ内で過ごすことが
多くなっていたカーティスが、レコーディング中の空き時間に作ったのが
この"Body Work"でした。ドラム・マシンとベースはカーティスが演奏し、
リサとロウリスにコーラスを唄わせて、パーカッションには旧知の仲だった
バシリ・ジョンソンが参加。出来上がった曲を彼らのマネージャーが
設立されたばかりのイージー・ストリート・レコーズに持ち込み、
レコード契約を取り付けます。カーティス達はまだプリズムとの契約が
残っていたので新たにヴォーカルを入れることを決め、スペシャル・
フォーシズというグループで活動していたデリック・デュプリーという
男性シンガーをスカウトして、彼のヴォーカルを加えます。さらに
ビュア・エナジーのプロモーションを行っていた際に知り合ったジェリービーン
コ・プロデュースとミックスで加わり、ジェリービーンの相方フレッド・ザーが
シンセのソロを加えて曲は完成。

イージー・ストリートから発売されたシングルはジェリービーンの
プッシュもあって当初NY周辺のクラブでヒットしていたのですが、発表の
翌年に映画「ブレイキン」のサントラにも収録され、ポリドールから
再リリースされたところ100万枚を超える大ヒットになります。ちなみに
このシングルにカップリングで収録されていたのが"Reckless"でした。

打ち込みのドラムがハンマーを打つようにビートを刻み、シンセ・ベースが
ジジジジ...と規則的に低音を加えます。マッチョな男性コーラスが
"I Don't Know How To Control,Music Makes You Lose Control.
Work Your Body To The Beat,Body Work Set You Free."等と唄った後、
ドラムがディスコ・ビートに変わり、パーカッションも加わります。
シンセのソロが短く入った後、"Work,Work"という男性/"Body"という女性の
コーラスが交互に繰り返され、エレピがケニ・バークの"Keep Risin' To
The Top"からパクったようなリフを繰り返します。さらにリズム・ギターや
ヴォコーダーも加わり、その後はコーラス/シンセ/ヴォコーダー/パーカッションが
順にソロを取って曲が進んでいきます。コーラスはひたすら「身体を動かせ!
そうすればハイになる!」的な主張をつづけ、終盤は彼らがアドリブで
唄ってフェイド・アウト。

軍隊の号令/掛け声を連想させる男臭いコーラスが印象的。この声が大音量で
流れる中を複数の人が踊りまくる状態というのは、なんだかゲイっぽいです(汗)。
シンセ・ベースがイェロ(Yello)'81年のヒット"Bostich"を意識している風
でもあり、それがエレクトロ感を強くしていると思っていたのですが、
今回改めて聴いてみると、手弾きのシンセ類やパーカッションも
きっちり入っていて、ディスコ寄りのポップス/R&Bとして完成された音だと
感じました。グループの成り立ちがワープ9にも似ているのですが、
そのどちらにも関わっているのがジェリービーン。そして、この後のカーティスは
ジェリービーンとの縁からマドンナに自作の「ホリデイ」を提供し、これが
大ヒットして裏方としての活動が軌道に乗っていくのでした。もともと、
そういうポップな曲を書く資質を持っていたんでしょうね。








The System"You Are In My System"(Mirage 99938)1982

thesystem.jpg

ザ・システムはヴォーカル/ギターの黒人ミック・マーフィとキーボードの
白人デイヴィッド・フランクから成るR&B系シンセ・ポップ・デュオ。
'82年にニュー・ヨークで結成されました。

デイヴィッドはボストン近郊の街で生まれ育ち、子供の頃はクラシック・
ピアノを学んでいましたが、徐々にお上品なクラシックに飽きてポップス系の
音楽に転向。キース・エマーソンやイエス等のプログレやスティーヴ・
ウィンウッドのようなブルー・アイド・ソウル、ジェイムズ・ブラウン等の
R&Bやファンクに惹かれるようになっていきます。高校ではサイケデリックな
ロック・バンドで演奏していたのですが、ライヴで共演したソウル系のシンガーが
自分のグループに加入してからは、徐々に音楽性もR&B寄りに変化していきました。
その頃、バンドのベーシストがアープ・オデッセイのシンセを彼に提供し、
デイヴィッドはシンセの音にのめり込んでいきます。

'80年代に入るとセッション・ミュージシャンを志望してNYへ上京するのですが、
当初はスタジオ仕事が貰えず、主に結婚式で演奏していたとのこと。
この頃、オーヴァハイム社から発売されたDSX/DMX/OBXA等のシンセや
ドラム・マシーン類を買い揃えて、全ての演奏を自分ひとりで行う術を
身に付けたそうです。その後、小さなスタジオのオーナーからの依頼で
オリジナルのダンス用の曲を録音することになり、デイヴィッドが
ヴォーカリストとして声をかけたのが無名時代のマドンナ。
"In Times Of Passion"と題されたその曲は当初彼女のヴォーカルで録音の
予定でしたが、マドンナ側がドタキャンして急きょ呼ばれることになったのが
ミックなのでした。

いっぽうのミック・マーフィはノース・カロライナのローリーという町に
生まれ、幼少の頃にNYのクイーンズに引っ越してきます。その後地元の
仲間と共にジャック・サス・バンドというグループを結成します。後に
ソングライターとして成功するララ・コープも居たそのグループは、
NY周辺の"ノー・ウェイヴ"と言われたパンク・ムーブメントの一翼と
見なされる音楽性を持っていたそうですが、数年前にCD化された未発表音源を
聴いてみると、パンクと言うよりは初期のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの
影響を強く感じるファンク・ロック/R&Bでした。彼らはコースターズや
チャック・ベリーがマジソン・スクエア・ガーデンでライヴを行う際の
バッキングをつとめたりもしたそうですが、けっきょくグループの活動だけ
では食っていくことが出来ず、ミックは以前からの知り合いだったR&B系
グループ、クリーア(Kleeer)のマネージャーをはじめることになります。
その頃クリーアのロード・バンドの一員だったのがデイヴィッドで、そこで
二人は知り合うことになったのでした。

締切間近なのにヴォーカリストが居なくなった...というデイヴィッドの頭に
浮かんだのがミック。デイヴィッドは彼のロフトにミックを呼び寄せ、徹夜で
レコーディングを開始します。今ひとつパッとしなかったデイヴィッドの原曲を
ミックが改作して曲は"It's Passion"として完成。翌日ミックはマスター・テープを
アセテートのアナログ盤に落としてもらう作業を友人のエンジニアに依頼するの
ですが、そのテープをミラージュ・レコードの社長ジェリー・グリーンバーグが
気に入り、同レーベルと契約を結ぶことになります。発売されたシングルは
すぐにNY周辺のラジオ曲で頻繁にプレイされて大ヒットとなり、彼らは一躍
話題のグループになります。ヴォーカリストとシンセ/ドラム・マシン等の
バック担当の二人だけという形態はイギリスのエレクトロ・ポップ系のグループ
では既に見られていましたが、アメリカのR&B系グループとしてはまだ珍しく、
その音作りと同様に斬新なイメージがありました。

今回の"You Are In My System"は"It's Passion"につづいて発表された2枚目の
シングル。作詞作曲/演奏/プロデュース全てにメンバー二人によるものです。

DMXのハイハットにブヨブヨしたシンセ・ベースが絡んだ後、ミディアム・テンポの
ファンク・ビートが刻まれ、各種シンセ類が細かくアクセントを付けてキカイっぽさを
強調していきます。そこにミックのヴォーカルが加わり、熱っぽく「俺の
システムに入ったオマエ」を唄いあげていきます。サビでコーラスとストリングス・
シンセが加わり、ブレイクで短くシンセ・ソロが入って再びミックのヴォーカルへ。
2度目のサビの後ミックの語りが入り、ダブ処理されたコーラスやシンセのソロが
つづきます。その後ヴォーカルが戻り、コーラスのフレーズをアドリブで繰り返し
ながらフェイド・アウトします。

彼らの音は、ドラムのパターンはシンプルなのですが、ピロピロと細かく刻まれる
デイヴィッドのシンセに特徴があり、それがリズムを強調して、キーボード中心の
音でもソフトになり過ぎない新しさがあったと思います。デイヴィッドはこの後
セッション・ミュージシャンとしても人気が出て、チャカ・カーン、フィル・コリンズ、
スクリッティ・ポリッティ、そしてこの"~System"をカヴァーするロバート・
パーマー等のレコーディングに参加。一聴しただけで彼の演奏とわかるシンセを
聴かせてくれます。ヒップホップ寄りのエレクトロに直接影響を与えた感は薄い
のですが、それらと同時期に「機械による黒人音楽」を志向した音として
シンパシーを感じてしまうのでした。








Sexual Harrassment"I Need A Freak"(Heat MS 605)1983

sexualharrasment.jpg

セクシャル・ハラスメントはオハイオ州クリーブランド出身の
リン・トリヴァー・Jr.(Lynn Tolliver Jr.)を中心としたプロジェクト。
セックスをテーマにしたグループのためか、トリヴァーは
デイヴィッド・ペイトンという芸名を使っています。

トリヴァーは'50年生まれ。9歳の時に詩を、17歳の頃には詩に合わせた
作曲も始め、自作の曲を宅録したデモ・テープを作り始めます。
その後地元のショットガンというグループ(ABCやMCAからアルバムを
出していた同名グループとは別...らしい)に参加するも方向性の違いから
解散。トリヴァーはMCAレコードに入社してA&Rマンとして働くようになります。

MCAに勤務していた'81年ごろ、トリヴァーはガールフレンドが言った
"I Need A Freak"という台詞から新グループのコンセプトを思いつき、
ろくに曲も出来ていないのに地元のミュージシャン達とスタジオに入って
今作を録音します。トリヴァーは簡単なテンポやコードの指示を出しただけで、
飲み込みの良いミュージシャンが次々と演奏を重ねていき、出来上がった
リズム・トラックにトリヴァーがヴォーカルを何度かオーヴァーダブして
あっという間に出来上がってしまったそう。

完成した曲は当初は地元のグレイトという小レーベルから7インチのみで
'82年にリリースされます。同じ頃トリヴァーは地元のラジオ局WZAKに
プログラム・ディレクター兼DJとして入り、本名でラジオDJを開始します。
この頃はレコードに関してはあくまでも個人的な楽しみに毛が生えた程度の
もので、セールス等には全く期待していなかったそうですが、それに反して
曲は話題を集め、翌年には大手インディのモンタージュ/ヒートから12インチで
改めてリリースされ、あっという間に全米に広がって10万枚を売るヒットに
なったそう。トリヴァーは当惑しつつもヒート・レーベルの要請に応じて
パーマネントなグループとしても活動していくことを決め、地元の
ミュージシャンを集めて、グループ「セクシャル・ハラスメント」が
誕生することになったのでした。

グループはスタジオではトリヴァーが中心となってレコーディングを行い、
ライヴではDJ業が忙しい彼抜きで活動して、ドラマーのデイル・ジャクソンが
代理でリード・ヴォーカルもつとめていたそうです。彼らは'86年まで活動した後
解散したのですが、"I Need~"は'80年代エレクトロの代表的な一曲として
プレイされ続け、'00年代に入っても何度かリイシューされています。

そんなわけで、今作は'82年にリリースされた彼(ら)のデビュー曲。
作詞作曲はデイヴィッド・ペイトン(=トリヴァー)。プロデュースの
パット・フランシスは他のレコードでの参加歴が殆ど見られないので、
オハイオ周辺のローカルな人物と思われます。

ミューンと低く唸るシンセ・ベースにペナペナなTR-808のビートが絡み、
その後シンセ・ベースが一音連打に変わったところでトリヴァーが妖しい
トーンで語り始めます。「俺にはフリーク(イカレ女?ぐらいな意味かな...)が
必要だ」と連呼すると女性の笑い声が被さり、トリヴァーが好みの女性の容姿を
詳しく語っていきます。その後曲名連呼の声が複数になり、それに応えるように
ストリングス・シンセが合いの手を入れて徐々に盛り上がっていきます。
中盤でヴォーカルが抜けてシンセがソロを取り、テープ逆回転のような
「ミュミュミュ」というSE的な音が何度も入れ込まれ、その後集団コーラス~
SEシンセのソロで終わります。

単調な打ち込みのビートと呪文のように繰り返されるコーラス、それに後半の
電子音のソロと、シンプルを極めたような音なのですが、妖しく尖った雰囲気が
印象的で一度聴くと忘れられなくなります。'90年代にはエジプシャン・ラヴァー
この曲をカヴァー(言われてみれば彼の音はこの曲の雰囲気にピッタリです)し、
'00年代に入ってからではスヌープ・ドッグやブラック・アイド・ピーズが
サンプリングして使用しています。自分では、この曲はクレイン&MBOみたいな
イタロ系白人ディスコの曲だと思っていたのですが、今回調べてみて
(ファンクの里として知られる)オハイオ産、主人公はブラック・カルチャー
どっぷりの人物だったことにかなり驚きました...


Lynn_Tolliver_Jr01.jpg
WZAK局のプロモーション用写真に収まるトリヴァー(下)。彼はこの後30年近く
クリーブランドでDJをつづけ、ビルボード誌の年間DJ賞を獲る等ラジオDJとしても
成功。近年にはブロードキャスターズ・ホール・オブ・フェイムにも入ったとのこと。







プロフィール
クロい音楽全般が好きなのですが、 ここではエレクトロとオールド・スクールの アナログ盤に絞って紹介していきます。

KDMX

Author:KDMX

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